第16話「田舎の事件」
人工島は「仕事は
しかし立案者の
曰く――住んで改良していかなければ、完成はない。
まずは住居と北県への道路網。
ライフラインを整備し、社会インフラを整備した次は、情報インフラを拡充する事を当初から計画に盛り込んでいた。
オフィスへの通勤が必ずしも必要ではない仕事に就きやすい環境を整える事、その情報インフラを整備、更新していく仕事を誘致する事に成功した。
そういったオンライン環境が、舞台の世話人たちが使用しているインスタントメッセンジャーを使いやすいようにしている。
「だから寧ろ、アナログな環境が隠れ蓑になるんですよ」
集めた
――舞台を乗っ取ろうっていうのに、あっちが用意したアプリなんか使えないからな。
情報インフラが整い、常に更新される状況にある人工島では、直に顔を合わせる事が最も有効な隠密行動だ、と小川はいう。
「さて、今後の方針についてです」
笑みを引っ込めた小川は、駒に陣を一巡させた。
「舞台の中心にいるのは、
小川が示すのは
「
安土との決戦で、今後、聡子に手を出す事は重大な禁忌になっているが、小川にとっては、最早、知った事かというところ。
――娘の危機には、父親は出てくるものだろう?
娘も息子もいない小川には実感はないのだが。
ただし懸念はある。
――母親の
娘の命がかかった決戦で動いたのは、母親の安土だけだった事だ。
今回、聡子を狙っても陽は釣れないかも知れないが、それはそれだ、と小川は思う。
――まぁ、出てこないかも知れないが、やってみる価値はある。
既に
「ひょっとしたら邪魔が入るかも知れないですが、まぁ、大丈夫でしょう」
聡子を守る9人の顔を思い浮かべた小川は、その途中で不意に吹き出してしまった。
――もうベクターはいなかったな。
――最大で8人だ。いや、
その7人の顔を思い出すのは不快感を伴うが、不快感であって苦痛でないのは、小川が前進した事を自覚しているからだろうか。
――その内、真っ先に動くのは同級生の
基は《導》を操るが、それを脅威と思う小川ではない。基が操る結界の《導》は
――結界も、細工がなければ操れない。電装剣を自在に操る腕もない。
不完全な百識だというのは事実である。アヤと
――本筈聡子の護衛になるのは、不完全な鳥打 基。ならどうにかなるだろ。
小川はもう一度、笑みを作り、
「数で押しつぶせる」
ここにいる百識に、「強大な」と括弧書きするような《導》を持つ者はいないが、基の戦闘方法が数に任せた戦いに不向きであるのも事実。
数の暴力に弱いというのは、成る程、確かにその通り。
「準備は整っています」
集まっている百識の中の誰かがいった。
「はい」
小川は頷いて、号令を掛けるために立ち上がり……、
「まだ、その時期ではない……っていわないと」
号令を遮る声は、皆を振り向かせた。
入り口に男が一人。
誰も見覚えのない男は、全員の頭に浮かんだ疑問が作り出した静止を利用して、手にしていた一斗缶を床に滑らせた。
その行動も、もう一秒か二秒だけ時間を稼ぐ事となる。
合計3秒の後、一斗缶は火を噴いた。
「何だ!?」
爆発など舞台に上がっている百識であっても、目にする事は希だ。《導》の爆発とは全く性質の異なる爆発だったのだから。
「何の事はないぞ。除草剤から抽出した塩素酸ナトリウムと有機肥料とガソリンの混合物に、2.5Vのガス点火用ヒーターを組み合わせてただけだ。一万円もかかってない」
嘲笑を浮かべる男が、目深に被っていた帽子を取る。
現れる顔は、小川がいった陽であるが、その顔までもは誰も知らない。
「まぁ、そこまでは知らないか。長州藩が、関ヶ原以来、正月の度に続けていた儀式の言葉らしいがな」
――準備が整いましてございます。
――まだ、その時ではない。
嘘か誠か、講談では幕末までも続けられたといわれる呪詛にも似た言葉。
しかし皮肉のつもりで背いったジョークも、聞く者にセンスがなければ不発だ。
「センスがないな」
陽が右統べたのは、他者への嘲りか自嘲か――センスがないのは、自分か小川か。
「いや、情報戦に長けているといえば、長州藩だと思ったからだ。忘れてくれ」
ディジタル情報網が整備されている人工島であるから、裏を掻いてアナログな方法に頼ったのだろうが、それは寧ろ読みやすかった、と陽はいいたかっただけだ。
この人を食ったような態度で、小川が気付く、
――舞台の奴か!
舞台を維持するため、秘密を漏らす、秘密に手を突っ込んでくる者に対処していく者がいる事は知っている。
その情報と現実が結びついた。舞台の上で負った負債の執行から、こういった裏方までを熟す男だ。
「しかし――」
小川はその場を飛び退き、駒たちへ号令を掛けた。
「《導》はない!」
陽に攻撃できる《導》があるならば、爆弾なんか使わなかったはずだからだ。
確かに手製の爆弾とはいえ、小川達が集まった倉庫を火の海にする事はできたが、一気に全てを崩してしまうほどではなかったのだ。
「《導》を連射した方が早いんだからな! 潰せ! 数で押しつぶせ!」
小川の声と共に、全員が陽へ攻撃を開始する。か細い《方》であっても、纏まれば致命傷を負わせる事ができるのだ、という小川の嘲笑と共に。
「ッ!」
陽の姿を様々な《方》が包み込む。
その形容しがたい光景の中で陽が死ぬ未来しか想像していなかった百識の一人が、不意に「見た」。
昼ではないが、白昼夢とでもいうべきものだ。
――弱くとも、百人、千人の力を纏めて、舞台を火の海に変える?
兄のように慕っていた男も、新家の百識。
――やめとけやめとけ。そんなバカげた暴挙。
男は欠伸をしながら身体を起こし、
――死に急ぐのは、俺は好かん。
説得しようとおもっているのだろうが、不器用さ、無骨さが前面に出てしまっている。
止まらなかった。
止まらずに小川と合流した男は、不意に全身に襲いかかってきた感覚に顔を歪める。
「あたたか……え? いや……さ、さむ……」
無に還る時が来たら、こんな感覚に陥るのではないかと思わされる温かさと寒さ。
無から有を作り出す医療の《導》が、有を無にした瞬間だった。
仲間が消えたが、ただ一人だけでは《方》を放つ事に必死な仲間たちは気付かない。
ただ《方》が治まった時、眼前には陽の死体が崩れ落ちるように倒れ……、
「え……? あたたか……いや、寒い……」
また一人、百識が消えた。
「こっちだ。戦闘続行中だろ」
テーブルについて、水の入ったグラスを傾けている陽が、ドロドロした印象を受ける目を向けてきていた。
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