第14話「成就の時」
目を逸らさなかったからこそ、見えた奇跡だ。
息を呑まされる程の陽大の一撃だった。軸と回転が基本である、とは
――辿り着いたのね……。
そして螺旋回転に気付いたとしても、そこから対数螺旋に辿り着くには、もう一度、閃かなければならない。弓削がイラスト教室に通い、グリッドを書き込んで模写する中で気付いた事でもあった。
イメージ化こそが
――自分で考えて行動した。
できて当たり前ではない。意外な程、人は指示されたり、教えられた事に固執してしまう。そこから自分で考えてアップデートできた陽大は、それだけで得がたい才能を持っていた事になる。
――いいえ、才能じゃない。
神名は頭を振った。才能と言う言葉は陽大を矮小化するものだ、と打ち消すためだ。
生まれ持った才能などという陳腐なものではなく、陽大が生きるために必死になって身に着けてきたものだ。
執行猶予という名の無罪放免を不法に手に入れた殺人犯と言う色眼鏡で見ていては、その貴重な能力を貴重だと見抜けない。
事実、誰も陽大の能力に気付かず、無価値な存在だと断じてきたからこそ、陽大は今、こんな場所で命を賭けさせられている。
――私たちが認めないでどうするの!
見開かれた神名の目が、陽大に刃を突き立てるために飛び込んでくる乱入者を映した。
それに対して、何もかもを使い果たした陽大は立ち尽くしているのみ。
だから神名は反射的に走っていた。
一桁対二桁なのだから、多勢に無勢は承知の上だ。
陽大が乱入される事は、予想の範囲内。だから神名は戦う準備を済ませていた。私服ではなく衣装を身に着けていたのは、乱入者があれば迎え撃つつもりだった事に他ならない。
それは弓削も同様であったのだが、今、弓削はステージではなくスタンドにいた。
――少しタイミングが悪かったな。
乱入者との戦闘を始めた神名を横目で見ながら、弓削は一度、舌打ちした。弓削も私服ではない。胴が黒、袖が赤のチェスターコート、黒のトラウザースに、黒と赤のツートンカラーのブーツという衣装は、この舞台に上がる時の衣装だ。
――急がなきゃな……。
弓削が乱入者の迎撃に向かわず、スタンドにいる理由は一つ。
――どこにいる? 黒幕。
探している相手は、この舞台を整えた小川と、その依頼人である被害者家族たちだ。
この時、小川は読めていなかった。
――
弓削と神名の二人だけだと思っているから、13人も乱入させればいいと思っていた。
それに加えて両親を人質に取ればいい――それが小川の計画だった。人質を取られてては、弓削も神名も究極の選択を強いられ、小川の
「今まで、誰の役にも立たなかったんだろうが!」
「最後くらい人の役に立ちなさいよ!」
小川の傍で、被害者遺族たちは怒鳴り続ける。神名の出現でも、事態はそう好転しない。結局の所は数だ。相当な
しかし13人が連携して動けなければ、神名の動きは無制限、自由自在。
「……」
乱入者の人数に呆然とした顔をしていた陽大も、いつの間にか神名の姿に目を奪われてしまっていた。
神名の動きは、頭が全く上下していない――身体の軸を完全に固定した、陽大が理想的とする動きだったからだ。
受けてから打つのではなく、敵の攻撃を弾く事と打つ事が一致した動きができるのは、それだけ身体が安定しているからに他ならない。
陽大も、一度だけならば、できない事もない。最初の一人を戦闘不能にした拳と肘は、そうやって放たれた一撃であったのだから。
神名は、そんな攻撃を連続で繰り出している。身体の使い方を知らない者がしようと思えば、「受けて」から「打つ」と言う二拍子どころか、「払って」「押さえて」「打つ」という三拍子になり、結果的に遅くなってしまう。陽大とて、連続でやろうと思えばそうなる。
神名が捉えられるはずがなかった。移動一つしても、乱入者が二歩、三歩で踏み込んでくるところを、神名は一歩で踏み込めるのだから。
「フッ、フッ……」
しかし見た目程、神名も余裕ではない。
弱点は陽大と同じだ。
いや、健常者である陽大と違い、四肢に麻痺が残っている神名は、《方》で身体をコントロールできなくなれば動けなくなる。集中力が途切れ。ダメージによって思考力が低下すれば戦闘不能――それは一撃でもクリーンヒットをもらえば戦闘不能になりかねないと言う事だ。
必死だった。相手よりもワンテンポかツーテンポ早く動けると言うアドバンテージは、敵にとっては大きいだろうが、神名にとっては小さい。紛れ当たりでも一発、強烈な攻撃を食らえばお終いというのだから、重圧のレベルが違う。
何人かを殴り倒した時点で、乱入者たちは混乱していても打てる手に気付いた。
距離を取ったのだ。
――《導》が来る!
身構える神名は、距離を取った男たちに視線を一巡させた。回避する体勢に入るが、《導》は飽和攻撃にするはずだ。
「ここにいる奴らは、全員、お前なんか死ねば良いと思ってる!」
クライマックスだと被害者遺族が怒鳴り続けた事が、小川の油断だ。
一層、大きくなった怒鳴り声は、弓削に居場所を知らせた。
――見つけたぞ!
被害者遺族の顔は覚えられていないが、小川の顔だけは覚えている。
そして祈るように手を合わせている夫婦を見て、確信した。
――人質に取ってたな。やっぱり!
小川は弓削が気付くとは思っていなかった。たった三人しかいないのだから、乱入される事を読めば、そこにかかりきりになるしかないと考えていた。
だが今、弓削は手を伸ばし、被害者遺族の後ろ襟をまとめて握った。
「!?」
唐突に感じた圧力に、被害者遺族は皆、一様に顔を顰めた。
怒鳴り声も止むが、それは一瞬の事ではない。
「――!?」
声にならない悲鳴は、怒鳴り声と同じ声だった。
後ろ襟をまとめて掴んだ弓削は、そのままステージへと跳躍したのだ。
ステージの中央――神名と乱入者の丁度、中間地点に弓削は降り立った。《導》は放たれる寸前であったが、弓削の突然の出現にストップをかけるしかなくなった。
「ま、待て!」
慌てた声をあげた。弓削が連れてきたのが、小川の依頼人であったからだ。それは自分たちの依頼人でもある。飽和攻撃を仕掛けるつもりで放とうとしている《導》は、炸裂する場所を選べない。神名と弓削だけを選別して撃てないのでは、止めるしかない。
それは致命的な隙だった。もし神名と弓削が本気であったならば、一気に間合いを詰めて平らげていただろう。
だが弓削は、その致命的な隙を、別の事に使った。
「おい!」
スタンドを指差す。
陽大の両親と小川に対するアピールだ。ここへ来て現れた新たな乱入者であるから、観客の目は弓削と、その指差す方向に集中する。
「もう人質は、通用しないぞ」
両親を殺すつもりならば、小川が自ら行わなければならなくなった、と声を荒らげる弓削であるが、その指は小川ではない方向を指差していた。観客に陽大の両親の所在を知らせる訳にはいないが、指を指すという分かり易いアピールで、小川へこちらが自由に動けるようになった事を告げる必要があった。
「ッッッ」
小川は歯噛みするしかなかった。小川の考えでは、これは弓削が気付いていい事ではない。弓削は、陽大を認め、手を貸し、殺人者という経歴を無視する愚か者だ。愚か者に勝利など有り得ないのだから、小川の立てた算段に従い、無様に死を迎える事しか許されるはずがないではないか。
「お前は、自分の愚かさに絶望しながら死ぬべき」
歯噛みしつつであるから、ブルブルと震える小川の声は、ステージにまでは届かない。
そして弓削は、小川など見ていなかった。
弓削の目は、尻餅をついている被害者遺族を一瞥した後、《導》を準備しながら、それを使えない乱入者に向けられており――、
「13人か」
不吉な数字にしたかったのか、と浮かべる笑みは嘲笑だ。
「足りねェよ」
弓削は腰に吊した剣の柄に手をかけた。
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