第24話「見参」

 聡子が薄暗い廊下を歩いていく。


 震える手に抱いているのは、ネコのぬいぐるみだけ。


 ――生き残る算段は立てています。


 安土は控え室でそう告げたが、緊張を取り除き、安心させる程ではない。


 ――鳥打くんは、確実に強くなっています。


 安土の言葉から、予定していたプランに変更がある事を感じ取ってしまったからだ。こういう時、生け贄役である事はマイナスに働いてしまう。


 ――鳥打くんは、思っていた程、強くならなかった……。


 息が詰まりそうになるが、それでも聡子にも矜恃が残っている。



 強くならなかったのであって、強くなれなかったのではない。



 もっと時間があれば、基は十分な力を身につけていたはずだ。聡子の友達は――家来は、強い少年だ。


「聡子さん」


 カミーラが顔だけを聡子へ向ける。ぬいぐるみであるから表情を変える事はできないが、口調から心配している事が十分に分かる。


 ――段取りは、こうです。簡単ですから、覚えていってください。


 安土は開始前の数分しかなかったが、聡子に手順を教えた。その通りにやれば勝てるという保証もつけたが、それが「必ず」でない事は分かっている。


 廊下から広間へ出る。基が戦わされたスタジアムではなく、場所こそ違うが、的場姉弟がデビューしたのと同程度の地下舞台だ。観客はキャパシティ限界で2000人ほどだろうか。隙間が見えないのだから満員御礼だ。


 入り口に聡子の姿が見えると、激しいドラム音が鳴り響き、軽い曲調のヒーローソングが流れ始める。聡子が好きなゲームの、大好きなキャラクターのテーマ曲だ。


「……」


 それを誇らしい、勇ましいと感じられる余裕はない。ゲームは好きだが、ここで聞きたい曲ではない。



 カクテルレーザーの色は、青。



 それは救いと言えば救いだ。


 那が上位を示す赤を譲らなかった事は、安土が計算した通りだった。


 ――上手く行く?


 聡子は高まってしまう緊張感で、心臓が張り裂けそうなくらいの強い鼓動を覚えつつ、ステージへ向かって足を進めていく。


 ――落ち着いて、落ち着いて。


 待ち構えている那が睨み付けてくるが、潰されてはならない。


 安土の言葉を思い出し、縋る。


 ――待ち構えている相手は、確実に聡子さんの上へ行こうとします。


 睨み付けてくる那の視線には、六家二十三派の誇りを漲らせていた。聡子とて六家二十三派の血を引いているが、女系女権の六家二十三派では祖父が山家本筈派の出身といっても、六家二十三派の百識とは認められない。


 そんな聡子が医療の《導》を操るかも知れないという事実は、同じく治癒の《方》を持つ那にとっては、何が何でも叩き潰さなければならない相手だ。


 聡子がステージに上がるのがスタートの合図になる。


 ――まずはカミーラを、ぬいぐるみのままで戦闘態勢を取らせてください。


 安土の指示通り、聡子はカミーラを放した。


 カミーラは地面に降り立つと同時に、毛を逆立てる。


「シャーッ!」


 態とネコが威嚇するように叫ぶと、客席から嘲笑が漏れる。


「何だ? あれ」


「兵隊? 可愛らしい事」


 カミーラの戦闘力など高が知れている、ぬいぐるみに何ができるのだという嘲笑だ。


「そう」


 那がカミーラに対し、どう思ったかは分からない。


「私の家訓は――」


 那は笑ったのか、それとも別の表情か、兎に角、歯を見せるように口を開く。


「売られたケンカは必ず買え。倍返しするまで殴り続けろ」


 いや、那は獅子が口を開き、牙を見せる動作を真似たのだ。



「必ず勝て!」



 その言葉と同時に、那の《方》が地面へ向けられる。


 立ち上るのは半透明の靄か煙か。



 最も想像しやすいのは幽霊だ。



 聡子がぬいぐるみを戦闘員にするのならば、那はこの舞台で死んでいった者を戦闘員に変える。


 幽霊は一瞬の後に肉体を獲て、ゾンビとしかいいようのない姿に変わる。


 そこも安土の読み通りだ。



 那は医療の《方》を歪ませて使い、生ける屍を呼び出すはずだ、と読んでいた。



 カミーラやペテルに対抗するとすれば、那の《方》では、それしかないからだ。幽霊のまま操るという手もあるが、それよりも確実な「今から、こんな悲惨な姿にしてやる」という意思表示のできるゾンビを呼び出すはずだ。


 ――ゾンビを呼び出したら、スマートフォンで鳥打くんを呼び出してください。


 聡子は安土の指示通りメッセンジャーアプリを立ち上げ、基の名前をタップした。


 スマホの赤外線送信機能が立ち上がり、その赤外線が地面に図形を描くように動く。


 その次の瞬間だ。


「!?」


 那も我が目を疑った。



 現れたのは、学生服を思わせる黒の詰め襟に短い外套を羽織って、学生帽を被り、腰に日本刀を差した基の姿だった。



「何だ!?」


 客席もざわつく。


 その姿は、先日、ルゥウシェに惨殺された少年そっくりだったからだ。


「ちょっと待ちなさい。2対1? 何、考えてるの。ルールは?」


 那の声と視線が審判に飛んだ。安土のクライアントが続けざまに行う乱入を防ぐため、この舞台にも審判が置かれている。


「ハンディキャップマッチを受け入れた覚えはない。失格は、それ相応の報いを受けるべき!」


 判断しろと審判に詰め寄る那に、審判も確かに基の出現は乱入に当たると宣言しようとするが――、


「か、軽はずみな言動は謹んで!」


 聡子が声を張り上げた。


 ――あなたが自分で抗議するんですよ。


 安土の指示だ。


 基が抗議したのでは、ただの言い訳にされてしまう。男が口にする自己弁護など、嘲笑の的にはなっても、人を納得させるものにはならない。


 だが聡子が口にすれば――、


「いつ、私が2対1にしたの? こいつは私が、舞台で死んだ鳥打 基を《導》で呼び出した。命を持たないゾンビがダメっていうのなら、その女が出してる、それはどうなのよ!」


 基もゾンビの一種に過ぎない、と聡子は宣言する。自分の意のままに動き操り人形であり、しかも数は那が呼び出したゾンビの三分の一にも満たないのだ、と。


「何対何にする? 私が呼び出せるのは精巧だから三体まで。自分たちを入れて4対4が公平?」


 挑発の言葉を重ねる事は、聡子の――の特権だ。



 観客の意見も、男と女の意見がぶつかれば女の側につくが、女と女の意見がぶつかれば割れる。



「……はん……モノはいいようね」


 那が表情に苦さと怒りを滲ませた。


「議論は、議論好きの奴とだけやってなさい」


 始めろと審判に合図を送る那。


 その隙を突く形で、聡子はもう一度、スマートフォンを操作した。


 呼び出されるのはペテル、そしてカミーラと共に戦闘に向く人型へと変わる。


「鳥打くんは下がって、聡子さんを直接、守ってて!」


 いうが早いか、カミーラは飛びかかっていた。


 右手は拳を握るのではなく、ピンッと五指を開いて振り上げる。


 その右手が振り下ろされると……、


「おぎゃあああ!」


 縦に断ち割られたゾンビが、甲高い悲鳴――断末魔をあげた。


「レイザークロウ」


 カミーラの右腕に宿っている力だ。


「私は、子供の頃から聡子さんと一緒にいる。子供なんて乱暴なモノでね、噛み付かれるし……右手をちぎられた事があった」


 そんな右手だと示すカミーラは、「だからね」と口元に余裕の笑みを浮かべた。


「聡子さんが直してくれた。涙を目にいっぱい浮かべて、ごめんねっていってくれて。だから私の手には、聡子さんを泣かせる相手を斬り捨てられる力があるんだよ」


 今度は横薙ぎの一撃で、二体目のゾンビを切り裂いた。


「かかれ、かかれ!」


 那が声を張り上げるも、ゾンビの動きはペテルの巨体が遮った。


「私も同様です。私も投げられました。蹴られました。そして目を、失いました」


 ぬいぐるみだった時のペテルは、片目がボタンだった。


「カミーラと同様に、聡子さんが直してくれた目には、全てを見通す力があります。私には未来の姿が見えるのです」



 だからゾンビの動きを阻止できる!



「ペテルが見て、私が斬る!」


「我らに死角はない!」


 いくらでもゾンビを呼び出してこいと挑発する二人。


 那は、果たしてどんな顔をしていただろうか?


 二人が望んだのは、彼我戦力を見誤った事に対する苛立ちを浮かべてくれている事だったが……、


「精々、浮かれてなさい。ぬいぐるみに死体……術者の死が、自分たちの死に繋がる事くらい、覚えておくといいわ」


 余裕だ。


 しかし、それを油断と断じる事はできない。



 六家二十三派・海家涼月派の《方》が、この程度であろう筈がない。



「ついてこい!」


 那は号令を発し、自らが戦闘へ飛び込んだのだった。

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