第10話「電装剣」

 矢矯やはぎも優れた剣術家という訳ではない。振り向きざまに抜き打ちを放てる技術はなく、振り向いた後、一度、構える必要があった。


 構えてからのスピードは、正に神速、空気すらも壁となって立ちはだかる速度があった。


 ――斬る!


 1秒でも2秒でも早く、アヤの方へ向かわなければ、的場まとば姉弟では抵抗のしようがない。


 アヤが言った通り、その身を包んでいる光が炎ならば、孝介こうすけ仁和になが手にしているような数打ちの日本刀で攻撃を加えるのは危険だ。青い炎と言う事は、その温度は2000度を超えている。鋼の融点は1500度程度。一瞬で溶けるいう事はないにせよ、何度か突き入れれば使用不能にされる。


 対して、矢矯の剣に使われているタングステンカーバイドの融点は、鋼の2倍近い2800度と、対抗できるスペックは備えている。


 合流するには、まず明津あくつを斬る事だ――矢矯が飛びついた選択肢は、それだ。



 しかし、それは脆く崩れる事になる。



「……何……?」


 眼前で起きた事であるのに、矢矯は理解できなかった。


 胴薙ぎに振るわれた矢矯の攻撃は、明津の胴を捉えるどころか、愛剣の切っ先を失わせていたのだ。


 ――まずい!


 そう直感した矢矯が、慌てて逃げるように間合いを取る。


 もし明津にその気があったならば、矢矯はこのとき落命していた。人間の身体は、後退するよりも前進する方が速いのだから。


 それ程、な武器が明津の手に握られていたのだ。



電装剣でんそうけん



 青眼に構えている明津の手にあるのは、黄色い輝きを放つ光の刃を備えた剣だった。


「この山吹色――サンライトイエローが、引導代わりだ!」





「何ですか? あれ……」


 観客席で陽大あきひろが腰を浮かす程、驚いていた。光の刃を持つ剣など、空想の世界にしかないと思っていた。その空想の産物が今、眼前に現れたのだ。


「電装剣。《導》が使えない百識ひゃくしきでも、それに比肩する攻撃力を持てる武器だ」


 座れと顎をしゃくった弓削ゆげが知っていた。


「あの光は、《方》が高速で循環して形作っている。チェーンソーの刃部分が《方》でできていると思えばいい」


「そんな武器が……?」


 座り直した陽大は、先程、起こった光景を思い出していた。


 矢矯が振り抜いた剣に対し、明津は鞘に入れたままだった剣を構えただけだった。


 次の瞬間、鞘をはじけ飛ばして現れた光の刃が、矢矯の剣を折ったのだ。


 ――切断? 溶断?


 陽大には、何が起きたのか分からなかった。


「鞘はカモフラージュだったんだろう。元々、電装剣には柄と鍔しかない。隠すためだな」


 電装剣で受太刀したのだから、矢矯の剣は折れて当然だ。


「この世に物質として存在しているものならば、大抵のものが斬れる剣だ」


 しかし弓削も考え込む事がある。



 電装剣は珍しい部類に入る武器だ。



 そもそも《導》に匹敵するのは攻撃力のみで、持てば無敵になれる武器ではなく、結局の所、百識に必須の武器にはなれなかった。白兵戦の道具では、《導》の持つ効果範囲を超える事ができない。


「相性の問題もあり、相性の悪い電装剣なら、刃が極端に小さくなったり、逆に大きくなったりする。出力が調整できず、柄を消滅させてしまう場合もある。設計図が存在しない武器で、振るう百識が自分で作るものだが……作り方を知ってる百識なんて……いるのか?」


 明津が自分で作ったとは思えない。「かつて存在した」と言われている程度の武器だ。製法など失われて久しい。


 ならば既存の電装剣を手に入れたと言う事になるが、前述の通り相性があり、適切な出力、適切な長さで発生させられる電装剣は希だ。


 しかし弓削は思い当たった。


「そうか……。北海道出身だったな」


「北海道だと、あるんですか?」


 陽大が聞き返すと、弓削は「ああ」と頷く。


「明治維新後、北海道に色々な者が渡ってる。被差別部落出身者が渡った記録もあるくらい。しかし、結構な人数が風土に馴染めずに帰ってきている。百識もいたんだろう。で、戻ってくる時に、そう言う物を一切合切、捨ててきた。電装剣を探すならば北海道のデカい屋敷って言われてたな」


 そう言いながら弓削が思い出した明津の実家は、ニシンの加工工場だった事。今でこそ小規模だが、その昔はニシン御殿だった家だ。


 ――自分に合う電装剣を手に入れられたのは、運が良かったな。


 使えない物ばかりだろうにと目を細める弓削の眼前で、明津は電装剣を構えた。





龍巣りゅうそうの構え」


 明津が不敵に笑いつつ言うが、構えは取らない。


 無形の位――だらりと剣を下げたままだ。


「……」


 ハッタリだと断ずる矢矯であるが、足を止めさせられただけで十分、明津のハッタリは機能している。矢矯がいつも通り、四方八方に猛スピードで動く方が、明津にとっては驚異だ。



 ハッタリと、振り回して偶然でも命中してしまえば致命傷を負いかねない電装剣を持っている事が、矢矯を停止させてしまった。



 ――鉄の棒になっちまったな。


 矢矯は切っ先に一瞬、目をやった。超硬金属の剣であっても、刃がついているのは切っ先三寸だけだ。切っ先を失ってしまえば、剣とは言えない、ただのバランスの悪い棒だ。


「龍が住む我が剣だ!」


 矢矯が視線を外した一瞬を突き、明津が動く。


剣閃けんせん龍昇りゅうしょう


 下から上への切り上げ!


 自身の身体が浮き上がってしまう程の反動を起こすのだから、明津の踏み込みから切り上げへ繋げるスピードは相当のものだ。


 だが矢矯とて、身体操作と感知だけで生き残ってきた男。


「!」


 避ける。


 避けた上で、空中では移動できまいと剣を水平に構え、突きを狙うが――、


「剣閃・龍降りゅうごう


 切り上げから、打ち下ろしへと変える明津。電装剣には峰がない事が幸いした。手首を返さずとも、そのまま振り下ろせば刃が届く。


 矢矯は突くよりも逃げる事を選ぶしかなかった。


 後退するのは、例え一歩であっても、やはり前進する方が速い。


「剣閃・龍駆りゅうく


 剣のない矢矯の左側へ、明津が身体を滑り込ませる。


せん


 そのまま斬り上げた。


 しかし、そこは矢矯だ。


 ――逃げるぞ!


 攻める足を捨てれば、回避できないスピードではない。


 逃げる矢矯だが、明津は後二歩分、勢いを残していた。


東風こち


 身体の中心を軸にし、横薙ぎに剣を振るう。


「ッ!」


 矢矯は胸に焼け付くような痛みを覚えた


 ――掠めただけだ!


 致命傷どころか、怪我とも言えない傷だとしかめそうになる顔を必死に押さえつける。


らん


 そこへ前方宙返りをするような格好で、明津の攻撃が頭上から来る。


「おおッ!」


 思わず声をあげつつ、矢矯は横っ飛びに逃れた。間合いは大きく広げられた。電装剣と言えども、剣には違いない。間合いは自ずと決まっている。


「逃げたな」


 明津に浮かぶのはだった。

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