第9話「性質の差、火力の差」
審判の指示に従う義務はない。ただし従わなければ、この制裁マッチがいつ終わるとも分からないものになる。
審判の指示は、互いに体勢が整うのを待てと言うものだった。
それは奇襲を封じる事となる。
ソニックブレイブが最大に活かされる瞬間を、だ。
――制裁マッチだから……。
刀を構えながら、
その歯噛みを、アヤは浅はかだと感じていた。
――元々、急場を凌ぐだけの、欠陥の多い技だからだ。
踏み込み、振り上げて、振り下ろす――単純であるが故に、手の内の工夫は無限大とは、ただ自分を大きく見せるだけの言い訳である、と言うのがアヤの考えだった。
――それしか身に着けさせられなかったんだろう?
短期間で身に着けさせられる術を、矢矯がそれしか持ち合わせていなかったからだ、と。
事実だ。
誰もが操れる訳ではなく、《方》の素となる微小タンパク質の血中濃度が高くなければ操れないものばかりであるが、その理屈を身に着けさせる事は簡単だ。
乱暴な言い方をすれば、威力を高め、規模を広げていけばいい。そのように整えられている。
対して矢矯の場合は、そう言った簡単な理論がない。必要とする《方》は低くとも、身体を動かす、反動を消す、感知するなど、それら全てを自らの感性で行わなければならないのだから。整っているとは、お世辞にも言い難い。
血筋と力を残す事を第一とする百識にとって、矢矯の《方》は異端というよりも破綻している。
程度の低い、他者に引き継がせられない能力の言い訳が、「手の内の工夫は無限大」だと断じているのは、アヤも
――そうやって大きく見せないと、この代で終わってしまう《方》だ。
アヤが、大したことがない、と断じた所で、審判の手が振り下ろされる。
始めろと言う合図だ。
その瞬間、孝介、仁和、矢矯が走る。
だが、それしかないと読んでいるアヤである。
「バーカ!」
放ったのは
アヤの《導》だ。
その《導》は青く輝きながらアヤの身体を包み込むと、障壁を展開させる。
「!?」
「なに!?」
孝介と仁和が不意に覚えた衝撃は、アヤからの攻撃によるものではなかった。
矢矯が突き飛ばし、無理矢理、ソニックブレイブを止めたのだった。
突き飛ばした矢矯も地面を蹴り、大きく間合いを広げていた。
アヤは宙を舞い、三人がいた空間を切り裂くように飛んだ。
「……やば……」
その軌跡を見た孝介は声を上ずらせてしまっていた。
ステージの床が、アヤの飛ぶ軌跡に沿う形で抉られていた。
「
宙で停止したアヤが、口元に優美な笑みを浮かべながら言った。
「火力とは攻撃力。百識最大の攻撃力を持つ我が《導》は、攻撃から身を守り、防御するだけの障壁じゃあ、ない」
アヤが纏っている障壁は、推力を得るためのものであり、攻撃を防ぐフィールドであり――、
「炎は、赤より青が強い!」
それ自体が攻撃力を持つ、攻防一体、必殺の戦陣だった。
「前の戦いで言ってたな。右か左か腹を決め、ただ切り込むのみ、なんて。なら私は真ん中、正面を選ぶ。そうなったら、地力の差が出るだけだろう!」
欠陥だと笑うアヤは、大きく弧を描いて上昇し、恐ろしいスピードで舞い降りてくる。
「くっそォ!」
孝介にできた事は毒突く事だけだ。
アヤの《導》に突っ込むだけでは勝ち目はない。攻防一体と言う事は、こちらの刃を防ぐ手段でもあるのだから。
攻撃の足など残しておけない。
「逃げるのよ!」
仁和が発した叫び声の通りだ。
今、唯一できる事は様子見と、もし可能であれば、アヤが《導》を稼働させられないくらい消耗するのを待つ事だけだ。
――常時展開なんだから、消耗も大きいはず!
ルゥウシェのリメンバランスと違うのだから、待つ事も立派な作戦だ、と仁和は高を括った。
「攻撃力を無視するからだ」
嘲笑は矢矯の背後から飛んできた。矢矯の《方》が、スピードだけである事に対する嘲りだった。
「……」
振り返る矢矯が見るのは、入場した時のまま、鞘に入れた剣を肩にかけている明津。
弱い方が負けるのだから、弱い孝介と仁和に、強いアヤが向かった――とは、言い切れない。
「舞台で人を殺した事がない? そんな甘い考えは捨てろとは言わない。どうせ、死ぬんだ」
明津の挑発は、自分が決して弱くない事を雄弁に語っていた。
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