第17話「ここより個人戦へ」

 舞台で好まれる《方》や《導》では、矢矯やはぎを止める事は難しい。特に見栄えを気にして火力、規模を重要視された《導》は、当たる事を前提として磨かれている。


 舞台に上がる百識ひゃくしきの多くが想定しているのは足を止めての撃ち合いであり、また回避と感知を頼みにして接近戦を挑むのは下品で低級な百識という認識だ。


 大規模、大火力の《導》は掻い潜ろうとする事、そのものが無謀であるから、大抵の場合は《方》しか使えないような百識は、《導》が使える百識に斃される。


 だが矢矯は例外だ。



 ――百識に必要なのは、強大な火力でも、特殊な防御や攻撃でもない。最も必要なのは、自分の感覚を確実にフィードバックする事、単一行動を確実にこなす堅実さだ。



 それを徹底し、攻撃とは当たらないもの、当てに行く事に腐心するものと解釈している矢矯は、回避と感知に全てを懸けている。


 飽和攻撃は最も正解に近い。超時空ちょうじくう戦斗砕せんとうさいは感知と身体操作を最大にしているのだから、飽和攻撃を仕掛けられれば捉えられる可能性は高い。



 だからこそ今、あずさの《導》は活きたのかも知れない。



「逃がすな! 逃げに走った!」


 リベロンが梓を指差して怒鳴った。矢矯やはぎ弓削ゆげの一戦に割り込み、二人を逃がした《導》だったという記憶が怒鳴らせた。リベロンの目から見れば、レバインのサイクロンは矢矯を捉えているのだ。


 ――今、逃げられても、数は変わらないだろうがな!


 みやびたおされたが、代わりに矢矯を仕留めたと確信している。それでも矢矯を逃がされるのは気分が悪い。


 勝つ事よりも、相手を負かす事を重要視するが故に、リベロンの言葉にレバインを除いた5人は動いた。


黒白こくびゃく無常むじょう!」


 珠璃しゅりが再び使い魔を呼び出し、矢矯ではなく残っていた6名に相対した。


「短剣よ!」


 丹下たんげも同様だ。


 狙うのは《導》を発動させた梓であるが、ここは弓削が見逃さない。


「分裂攻撃はできないがな」


 それでも自分の能力は矢矯と共に2トップだとハイスの剣を抜き放った弓削は、丹下が投擲してくるクファンジャルを弾き返していく。


「助かります」


 梓はフッと笑みを見せ、NegativeCorridorを完成させる。


 それは矢矯を逃がすためのものでは決してない。



allocationアロケーション



 それは矢矯と弓削を三瀬さんぜ神社じんじゃに逃がしたものでも、かいの衣装を作り出したものでもない。


 観客も含め、その場にいた全員が視界を奪われる光を放つと、次に視界が戻った時には皆が目を疑う光景があった。


 そこにあるのは、4メートル四方の空間を囲む結界のだ。



 それが6カ所――1対1の場となっている。



「おいおい。1対1なら勝てると思ってるのか?」


 鳥飼とりかいが嘲笑を向ける先にいるのは神名かなだった。


 珠璃も同じく嘲るような視線を、眼前にいる陽大あきひろへ向ける。


「あんた等にあるのは《方》だけなのに」


 珠璃は言葉を継げとばかりに、丹下へ顎をしゃくった。


「攻撃できる《導》もない奴が、こんな狭い結界に閉じ込められて、できる事があるか」


 丹下は孝介こうすけに向かって、挑発的にクファンジャルを構えて見せていた。


 そんな中、一人だけ会だけは違う。


「残念」


 手にしている槍を突き出す相手はレバインだ。


「チッ」


 矢矯へ放っていたサイクロンの消滅に面食らっていたレバインは、反射的に後退して会の攻撃を避けた。本来、槍に対してそんな回避をするのは悪手というものであるが、会が隻眼である事が幸いした。


「私は《導》があるんだけどね」


 死角に滑り込まれ、追撃できなかった会は、悔しさを滲ませる事なく《導》を見せる。


鬼神きじん招来しょうらい!」


 鬼家きけ月派つきはの《導》が鬼神と呼ばれる異形のものを出現させた。


 しかし、それもレバインにとっては取るに足らない《導》だ。


「攻撃の《導》じゃないな、それは」


 同じく六家りっけ二十三派にじゅうさんぱだったルゥウシェのリメンバランスや、アヤのBlack goes the HADESに比べれば、代理戦闘させる鬼神を呼び出せる等、劣等だ。


「火力が低い!」


 ナイフを構えるレバインは、大きく手を振った。


 そのフォームは矢矯に見舞ったサイクロンと同じであり、会は思わず鬼神を壁にできる位置へ移動させた。


「バーカ!」


 フェイントだとレバインは鬼神を避け、会の横合いから襲いかかった。


「いいぞ!」


 リベロンがレバインの攻勢に歓声をあげた。


 恐るべき相手は《導》が使える会のみ――そんな認識だったからだろうが、次にどんな歓声があったかは掻き消されてしまった。


 何に? ――苦痛の悲鳴に。


「うああああ!」


 リベロンの喉から悲鳴を迸らせたのは、ハイスの剣を振るった弓削だった。


「脳天叩き割らなかっただけ、マシと思え」


 ピュッと空を切って刀身についた血を払った弓削は、急所を貫いてもよかった奇襲であるのに、左腕を切り落とすだけに留めた事に感謝しろとばかりにリベロンを睨み付けていた。


「1対1でも戦える奴もいる。勝てる奴もいる」


 距離を取ったといいつつ逃げたリベロンに対し、弓削は仕返しのように嘲笑を投げつけていた。

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