第11話「竜より生ませた名刀」
四明岳というは王城鎮護の比叡山だが、そんな場所にある、奇妙な名を持つ岩だ。
新皇を名乗り、戦前の教科書には大罪人とまで記された男の名を冠した存在が、こんな場所に現存している事は異常だ。この場から京を見下ろし、天下制覇の野望を起こしたというのが由来だとしても、普通は撤去ないし破棄される。
残されるとしても、少なくとも名称は変えられるはずだ。
だが現実に将門岩は残っている。
「……」
その岩を見ながら、石井は大きく深呼吸した。
ここが最終点だ。
――ここで、完成する。
鞄に入っている7つの《導》を宿した玉鋼を見下ろす石井は、ここで笑みを浮かべた。
「竜」
思わず口に出した単語「竜」――。
「北斗七星」
今まで回ってきた地点をなぞると、北斗七星の形になる。
そして人工島のある多島海には、古くから北斗七星を示す方言に「
今、石井が佇んでいる将門岩の位置は
この将門岩を最後に選んだのは、7つの《導》を宿した玉鋼を刀にする相応しい場所といえば、ここしかなかったからだ。
この旅のスタートも平将門だった。
ゴールも平将門だ。
――日本刀の祖、この国の守護者、最大最強の怨霊……。
深呼吸を繰り返しながら、石井はもう一度、イメージを脳内に形作る。
ただし、今度は人ではない。
「リメンバランス」
鞄を開け放ち、その玉鋼に《導》を向ける。
「ブラックスミス――刀匠の記憶」
イメージするのは当然、日本刀だ。
玉鋼を石井の《導》が包み込み、変化させ始める。
7つの《導》を集束させ、虹色の輝きを帯びた玉鋼が形を変容させていく。
――できるだけ大きな結晶が一定方向に整列していると頑丈な金属になる。
そうして作られた合金を、北県の工場で剣へと鍛造してもらっている。芯にタングステンを使い、周囲に軟鉄を蝋付けするという工法を取る剣は、現代技術の粋ともいえる。そもそも日本刀の刀匠が素材を折り曲げ、叩き、鍛えるのも、大きな結晶を、それも一定方向に整列させるためだ。
石井の《導》も、目指す所はそこだ。
膨れあがる《導》が包んだ玉鋼は、その光の中で変化していく。
変化――それは削られるでもなく、溶かされるでもなく、日本刀の形に整わせるものだった。
――結晶が大きく、一方向に整っていれば強い。当然の事。
石井の目指す所は、現代の金属錬成技術の粋などではない。
――ただ一つの、巨大な結晶を作る! それこそが最強!
玉鋼を日本刀の形に整えているのだ。
そしてもう一つ、玉鋼といえども純鉄の塊ではなく炭素鋼の一種であるから、元素の比重に従い、ムラが存在する。原子配列のレベルになれば、地球の重力すらも考慮する必要があるのだから、通常の製鉄では原子を完璧に整列させる事は不可能だ。宇宙空間で精錬する訳にもいかない。
石井の《導》は、それも整える。
歪みを一切、持たない材料から、完璧に計算された刀を作り出す――石井が操る《導》の真骨頂。
――皇の記憶。
――主将の記憶。
――軍団の記憶。
――北辰の記憶。
――戦場の記憶。
――軍神の記憶。
――冠の記憶。
玉鋼に込めた7つの《導》が鮮やかな光を見せ始める。
――虹の記憶。
それを纏める《導》があり――、
「輝け、
石井の《導》が一際、強く、大きくなる。
全ての色を吸い込み、黒く変じたかと思うと、弾けて白い輝きとなる。
現れ出でるのは、八
石井の
即ち会心だ。
「……これでいい、これで」
石井は一つ一つ丁寧に刀を纏めていく。剥き出しの刀身であるから、あまり目立つ所に置いておけない。
これから鞘と柄を
油紙を巻いて太刀袋へ入れると、ポケットからスマートフォンを取り出した。
コール音が鳴る時間は短かった。
「
数日ぶりに聞く声であるのに、石井はルゥウシェの声を懐かしいと感じていた。
「ご注文の品、できたわ」
早速の電話は、完成した傑作を知らせるためだが、勿論、それだけではない。
「ちょっと試しみたくない? 相手は見繕える?」
八
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