第10話「町工場製の剣」

 慢性的になっている国道の渋滞に辟易しながら、的場姉弟を乗せた矢矯やはぎのSUVは目的の町工場へ到着した。人工島や南県なんけんでは経験できない渋滞であるから、運転していないとはいえ、孝介こうすけ仁和になも疲れさせられる。


 昔からある町工場であるが、「古い」というイメージはない。錆の浮いたトタン屋根や剥き出しの鉄骨、打ちっぱなしのコンクリートというものとは無縁だ。


「金属加工の技術は、まぁ、色々とあるんだけど」


 材料の入った鞄を下ろす矢矯は、イメージしていた場所とは違うだろう、と孝介と仁和に笑いかけていた。


「ここ、機械設備だけでなく電気設備も扱うから、埃とか嫌うんだ」


 そういって顎をしゃくった矢矯は、工場の前に掲げられている「帽子を必ず被る事」という文字を示した。


「帽子なんですね。ヘルメットじゃなくて」


 仁和がヘェと唸った。作業現場なのだから、と考えると、安全とイコールで結ばれてしまうヘルメットだが、電気設備となれば少々、事情が異なる。


「抜け毛でも漏電、火事……は少ないが、故障の原因になる事もあるから」


 だから昔ながらの小汚い印象を抱くような場所ではダメだ。


「ごめんください」


 玄関を潜りながら、矢矯が受付の向こうへ声をかけた。本来ならば受付には事務員が来るのだろうが、生憎と今日は日曜。工場内にいるのは休日出勤している――今日に限っていえば、矢矯が依頼したため、出勤してもらっている工員だけだ。


「はいよ」


 野太い声と共に、グレーの作業着を着た男が事務所から顔を見せた。矢矯よりも少し背が低いのだが、体格に優れた男は長身に感じられる。歳は孝介や仁和の父親世代だろう。


「お世話になります」


 一礼する矢矯に、男は「あいよ」と片手を上げた。交わす言葉は短いが、矢矯と工員の間に信頼関係がある事を感じさせた。


「持ってきました」


 矢矯が鞄を下ろすと、工員もその傍らに腰を下ろす。


「いつも通りに?」


 そう問われても、他に加工法がある訳ではない。材料は何も変わっていないのだから、作れるものは課程も結果も同じだ。


「ええ。いつも通りに」


 そういった矢矯と頷き合った所で、工員は立ち上がり、目を孝介と仁和とに向けた。


「二人は?」


「弟子……ですかね。仲間ですかね」


 矢矯は半身になり、孝介と仁和を紹介するように手を伸ばし、


「今、チームで舞台に上げられてます」


「それは、それは……」


 工員は一礼した。名前は訊ねない。舞台に上がっている百識ひゃくしきの名前は聞かない方が良いと心得ている。矢矯の名前も聞かされていない。


 しかし自分は名乗る。


笠井かさいです」


 それでも名字だけであるが。


「金属加工や機械設備が専門の人。を作ってくれる」


「よろしくお願いします」


 矢矯の紹介に、仁和が頭を下げた。



 道具――剣の事だ。



「……お願いします」


 孝介も慌てた様子で頭を下げると、笠井は「いやいや」と恐縮したようにジャパニーズスマイルを浮かべた。何に使っているのか知っているし、それをこの二人も使うのかと思えば気が重くなるから、そんな顔をしてしまう。


「ちょっと見学させてもらっていいですか?」


 矢矯がそんな事を言い出したのも、その気配を感じての事だ。


「見学?」


 笠井は首を傾げるが、特別、察しが悪い訳ではない。


「ああ、いいですよ」


 金属加工の現場は服を着替える必要もない。


「こういう道具を作る場合、概ね二つ方法がある」


 作業場に入った矢矯が、ずらりと並んでいる工作機械を指差した。


鍛造たんぞうするのか、鋳造ちゅうぞうするのか」


「たんぞう?」


「ちゅうぞう?」


 聞き慣れていない分、仁和と孝介は首を傾げてしまうが。


「金属を溶かして型に入れて作るのが鋳造、熱した金属をプレスして作るのが鍛造ですよ」


 代わりに解説してくれたのは笠井だった。


「今回は鍛造します。折角、整った材料を持ってきてくれてますからね」


 笠井に顔を向けられると、矢矯も胸を張って頷いた。


「金属も顕微鏡で見たら結晶の集合体でできてるんだ。金属の破壊は、その結晶の断裂や剥離はくりで起こるから、できるだけ大きな結晶が一定方向に整列していると頑丈な金属になるし、弾性も得られる」


 そういう金属材料をもらってきたのだから、もう一度、溶かして鋳型に押し込むのは愚策だ。


 鍛造――プレス加工ではないかと、その道の者は言うかも知れないが――するのが正解だ。


「何度か試していって、出来がいいのを3つ、送りますよ」


 十分な量の材料があるが、笠井でも3本――剣なので振りとはいわない――が限界だ。3本を仕上げるのに必要な時間が一週間と見積もっていた。


「一つ、試しに作ってみましょうか」


 笠井が機械を稼働させた。





 そして剣を作るといえば、石井も最後の地点へと向かっていた。


 7つの《導》を宿した玉鋼だ。


 それを神器名刀とするにも、相応しい場所がある。


 神器名刀を生むべき場所とは、四天王寺から北東へ80キロ程度の距離だった。



 四明岳――。



 京の鬼門を封じている場所だ。

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