第9話「怨敵滅殺の玉鋼」

 6カ所目があっさりと終わる事は、この強行軍で最も有り難い事だった。6カ所目を選だ意味は、6番目ではなく寧ろ8番目に関わる。


 6カ所目は《導》にも重い負担がなく、あっさりと済ます事ができる。


 ――何はともあれ……。


 愛車のハンドルを握る石井は、もう少しだと気力を繋いだ。人工島から東京まで700キロを走り、そこから二日かけて近畿まで戻る道程も、いよいよ後半だ。


 6カ所目を手早く終わらせた石井が向かうのは、大阪。



 四天王寺。



 丁未の乱に於いて、聖徳太子が戦勝を祈願したという伝説もある場所だ。聖徳太子ゆかりの寺社は多数あるが、聖徳太子が建立したとされる寺社は、法隆寺と四天王寺のみ。


 聖徳太子を祀る聖霊院、そして庚申信仰の元祖といわれる庚申堂が石井の目的地でもある。


 7カ所目にここを選んだ理由は、この二つの要素が必要だった。


 ――庚申講……。


 四天王寺の南にある庚申堂を遠目に見る石井は、この庚申講も、この場を7カ所目に選んだ理由にしている。


 人の頭、腹、足に潜む三尸という虫が庚申の夜、身体から抜け出し、天帝に宿主の罪業を報告、寿命を縮め行くといわれており、その夜を眠らずに過ごすという風習を庚申待ち、その集まりを庚申講という。


 その元祖が四天王寺庚申堂だ。


 ここで得ようとしているのは、三尸のイメージと、もう一つ。


 ――聖徳太子……。


 この存在を石井は不思議だと思っていた。


 女帝の誕生を「皇統を継ぐに相応しい男子がいなかった」と歴史の教科書では説明していた。


 だが聖徳太子は女帝の甥であるから、本来、皇統を継ぐに相応しい男子はいたのだ。


 何故、こんな事になったのか――そのイメージを得る事が、この長いとも短いともいい難い旅の最後だ。


 聖霊院と庚申堂を脳裏に焼き付ける石井。


「リメンバランス」


 そのイメージへ《導》を放つ。


「クラウン――冠の記憶」


 七度目の《導》は、今までで最も重かった。元より自分の限界を越えてしまう領域へ向かう《導》であるから、辛いのは当然だ。


 出現するイメージは、高潔な聖人と黒衣を纏う怪人。


 聖人に願う。


 ――その聡明、英知を!


 ルゥウシェの力となって、あらゆるものを切り拓いていけと願う。その姿こそ、ルゥウシェが抱く聖人のイメージだ。


 では黒衣の怪人は何を意味するか?


 ――その闇のけがれを、矢矯やはぎの身に注ぎ込め!


 死の穢れを纏う存在でもあったのだと、石井はイメージした。ハレとケに分ける場合、何か一つにケを集中させるという方法がある。刀剣を御神体とする時、真打ちと陰打ちの二通りのものを作り、陰打ちを死蔵するのは、このためだともいわれている。


 死蔵されるしかない人物だったというイメージは、強ちはずれではない。聖徳太子の現し身といわれる法隆寺の救世観音像は、光背を直接、頭に釘で刺すという異様な姿をしている。


 聖徳太子の怨霊となり、封じられているという説がある。


 それを石井は、聖徳太子が皇位に就けなかった理由だと考えた。


 イメージを抽出する。黒衣の怪人と、天帝へと矢矯の悪事を伝えに行く三尸さんし



 怨霊と天罰によって、矢矯が滅ぶイメージだ。



 玉鋼に宿す最後のイメージであるから、その圧力は最大だ。


 ――よし!


 だが最後の《導》という事もあって高まった石井の集中力は、あっさりと押さえ込みに成功した。


 ただし、その次の段階で躓いた。


「ッ!」


 一度、集束させた7種の《導》を玉鋼に宿そうととしたが、その7つが暴れ始める。


 ――それもそうか!


 そもそも戦う力として集めたのだから、すんなりと行ってくれる方がおかしい、と石井は歯を食いしばった。


 さてどうするかと考える。


 まず一つ思い浮かぶのは、その7つが暴れ終えるのを待つ事。


 ――いや、無理!


 六家りっけ二十三派にじゅうさんぱの石井であるが、その《導》をもってしても、この7つが静まるまでの時間、《導》を発揮し続ける事は不可能だと断じた。


 万全であったならば――強行軍ではなく、一週間でも二週間でもかけていたのであれば、七つの《導》に対して、その上から一つの塊にする《導》を放つ事も可能だっただろう。


 しかし強行軍が石井から体力を奪い、体力の低下は集中力の欠如に繋がってしまう。


 ――この……この……ッ!


 原因や理由はいくつも浮かぶが、それらに意味などない。野球で「サヨナラホームランを打たれたから負けたんだよ」というようなものだ。原因も理由も一目瞭然。今、グルグルと思考を巡らせるだけでは、どうすれば挽回ばんかいできるかという回答には繋がらない。


 ――だったら!


 石井は決断した。このスピードで決断できる事は、矢矯の弟子と見ている孝介が悩んでいる事と対比できるかも知れない。


 どんな心理にせよ、石井はある決断を下し、実行した。



 それは全てのイメージを一度、解き放つ事。



「!?」


 解き放たれた7つのイメージは、それぞれが独立した奔流ほんりゅうとなって駆け巡り始める。当然の事だ。ルゥウシェに祝福を、矢矯に破滅を願ったといっても、何をもって行おうとしているかといえば、武力――なのだから。


 そのイメージの奔流は、石井が雲家うんけ衛藤派えとうはの《導》によって作り上げたのだから物理的な破壊力を持つ。


 ――まだ大丈夫!


 破壊力を持つまでに必要な時間が如何ほどかは計りかねるが、石井は奔流を睨み付けつつ《方》を発生させる。


 ――間に合って!


 祈るような気持ちで《方》を高め、《導》へと到達させ――、


「リメンバランス!」


 奔流へ向かって放った。


「レインボー――虹の記憶」



 7つの奔流を捕らえ、それを昇華させる《導》は7つの光を持つ虹の記憶。



 暴力的だった奔流は一筋に集められ、暴れているとしか表現できなかった軌道を円状に整えた。


 その真円は石井の頭上から玉鋼を入れた鞄へと降りてきて……、


「できた!」


 石井の顔に必勝の笑みが浮かべられた。



 玉鋼に宿った《導》は、怨敵滅殺おんてきめっさつの力となったのだ。



「……」


 汗を拭う石井は、疲れに反して、その相貌そうぼうに力をみなぎらせていた。

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