第8話「創造者に非ず」

 北県へと走った矢矯やはぎのSUVは、剣を加工してくれるという工場の前に様々な場所に寄った。


「材料ですか?」


 助手席に座る仁和になからの問いかけに、荷物の重さに顔を顰めている矢矯は「そう」と短くしか答えられなかった。後部トランクに入れる鞄には、数種類の金属が入っている。


 後部トランクを閉めたところで、一度、深呼吸をし、ようやく喋る余裕ができた。


「材料。割と色々なものが必要なんだ」


 一カ所で集めないのは、複数の材料が必要だからだ。


「タングステンカーバイドの剣っていうけれど、タングステンだけで作られてる訳じゃない」


 運転席に戻った矢矯は、後部トランクを立てた親指で指差した。


「タングステンは硬い金属で高級工具にも使われてるけど、硬いって事は変形しにくいって事でもあるから衝撃に弱い。そういう工具は床に落としたくらいでも欠けるくらい」


 タングステンの無垢材を剣にするのは論外。


「だからタングステンは芯材にして、軟鉄やステンレスを蝋付け……まぁ、サンドイッチみたいにしてもらう」


 そのために様々な材料が必要だという矢矯は、言葉を仁和に向けつつ、視線はルームミラー越しに、後部トランクを気にしている孝介こうすけへと向けていた。


「……」


 発車してからはルームミラーを見続ける事はできないが、ゆっくりアクセルを踏む矢矯は、言葉だけは後部座席にいる孝介へ続ける。


「日本刀は登録制で、無登録で打つのは禁止だし、そもそも芸術品だから認められてる。素材も工法も基準や規制があって、実用的な刃物なんて以ての外なんだ」


「へェ!」


 仁和が感嘆の吐息を漏らしたが、それは孝介からは生返事も聞こえてこなかったからだ。


「ものを切断するとなると、程度っていうものがあって、軽いと切れるけど断てない。重いと断てるけど切れなくなる。案外、そのバランスは難しいらしくて――」


 ハンドルを握ったまま話している矢矯の言葉が、果たして孝介にどう聞こえているかは、もう本人にしか分からない。姉の仁和でも察する程度しか出来ないのだから、矢矯では雰囲気から想像するしかできない。


 その時、孝介が何を考えていたかというと、矢矯が集めてきた材料についてだった。



 正確にいえば、そこに感じている差だ。



 ――そういう知識も、俺にはないな……。


 金属の特性について考えた事などなかった。矢矯とて専門教育を受け、それ相応の知識を身につけているとはいい難いのだが、孝介との間には相当な差がある。


「日本刀に使われてる金属は、折り曲げて、金属を整列させる。捻って作る方法もあるけれど、日本刀は折り曲げて作るんだ。13回程度って俺は教えられた」


 矢矯の説明に寄れば、そういった事に玉鋼は向いている金属なのだという。芯に硬い鋼が、表面に柔らかい鋼が来る事で、弾性を保った刀身になる――孝介の頭では、その理解が限界だった。


「凄い技術の塊だって聞きますね」


 仁和も孝介と理解の度合いは変わらないが、自分が理解しなければならない事を把握するスピードが違った。日本刀の歴史や構造は、それ程、重要ではない。矢矯とて独学と聞きかじり、後は経験で知っているだけで、知識や技術が身についているとは言い難い。


「そう。再現できない刀が多いって」


 それこそ誰でも知っていそうな名前の刀は、技術が継承されていないものが多いのは、矢矯も頷くところだが、


「でも、俺には向かない」


 それらを必要としないといい切った。


「……いらないんですか?」


 名刀が矢矯の手にあれば、相当、違う状況になるはずだ、と思っている仁和であるから、その声は自然と疑問の強いものになる。


 それでも矢矯は苦笑いしながら、「いらない、いらない」と二度、繰り返した。


「使い捨てにするには、向かないんだ」


 矢矯にとって武器は消耗品だ。名刀ならば折れない、刃こぼれもしないというのであれば兎も角、実用性だけを見た場合、名刀であろうと数打ちであろうと、そう大きな差はない。


「刃物だから」


 突けば刺さる、振られれば斬れる――矢矯の持論だ。多くの百識ひゃくしきを重要視する中、矢矯は無視する。それは《導》や《方》に限らず、武器に対してもそうだった。


「現代刀の名刀というのができたとしても、それって品質のばらつきを抑える事はできないだろう? 職人が勘と経験で作る訳だから」


 それが悪い訳ではないし、寧ろ美術品として見た場合は正しい。感性は数値として測定できないものであり、それを注ぎ込むから芸術品といえる。矢矯にとっては、そこがネックだ。


「じゃあ、何かの理由で失われた時、同じ感覚で使える代替品が手に入りにくいって事になる」


 矢矯はフンと鼻を鳴らした。全てを数式と化学式で表せるであるからこそ、代替品が容易に手に入る。


「今回みたいにな」


 例え伝説上の名刀であっても、電装剣でんそうけんに触れてしまえば折られてしまう。その時、その名刀と同等のものでなければ、同じ感覚では扱えない。


 ルゥウシェは矢矯を指して、「物理で殴るしかない脳筋」というが、矢矯は膂力りょりょく以外のもので剣を振るっている。


「百識の戦闘で最も大切な事は、感覚を確実にフィードバックする事と、単一動作を確実にこなす堅牢さ、でしたね」


 つい孝介の口から言葉が出た。


「……ああ、その通り」


 矢矯がルームミラー越しに孝介に目を向けた。


「今、続けている修練も、型に流し込んで鋳造するようなものだから。品質にばらつきのない工業製品が馴染むんだ」


 だからこそ町工場で作ってもらう――矢矯がいった言葉は少し孝介を救った。



「俺も、そう習った」



 その言葉に意図らしい意図はない。もし矢矯が自分だけで考えて行動し、達成してきたのならば天才と言われる存在だ。しかし現実は、新家しんけであっても百識は百識。矢矯にも師が存在し、その師の教えに従い、守る事から始まった。


「芸事の守破離しゅはりと同じだ。俺とて、破に辿り着いたのか着かないのか……」


 矢矯は自嘲気味にいうが、事実だ。超時空ちょうじくう戦斗砕せんとうさいは守――教えられた技を遂行できる段階には含まれていないが、破――技を分析して改良できる段階のものなのか、離――新たに技を創造できる段階かと問われると、離ではないと矢矯は思う。


 矢矯とて創造者ではない、という言葉は、この時、少しばかり孝介の心を軽くしてくれた。


 ――いや、いい事じゃねェけどさ。


 他人の未熟を知って元気が出るなど、孝介が思っている通り、最善ではないが。

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