第7話「目隠しには気付けない」
姿見を見ながら、
もらい物ばかり、借り物ばかりという考えから抜け出す事ができていなが故に、その雑念から軌道を歪めてしまう。
直線でなければ、それも縦か横に真一文字でなければならない。少しでも斜めになれば最短距離ではなくなり、その距離の伸びは致命的なロスになりかねない。最高速度が亜音速の
――空間の争奪戦だ。
矢矯は孝介にそう解説してくれた。
相手が動ける空間を殺し、自分が動ける空間を確保する。
確保に要する時間は短ければ短い程、いい。
――時間と空間……。
念頭に置かなければならない事だが、それが今、できていない。
それらを総合した先にあるのが、念動を時間と空間にまで作用させた矢矯の切り札・
「……はァ……」
その吐息は溜息なのか深呼吸なのか、それすら孝介には分からなくなっていた。
そもそも、その闇と表現しているものが、黒々としたものであるのか、それとも眩しすぎて目が開かないのか、それすらも分からないような悩みだ。
そんな孝介が、自分のすべき事を理解し、また本能的に悟って行動できている姉や、仇敵に与しているとはいえ石井と比べて劣っているかといえば、決してそんな事はない。
孝介は逃げ込んだと感じているかも知れないが、矢矯や弓削、また
矢矯はいった。
――最後の最後、教えてないのに次のステップに進んだな。
初めての制裁マッチを切り抜けた直後、身体操作を使って走り抜け、攻撃を繰り出した二人へ向けた言葉だったが、今、孝介の頭にはない。
石井は愛車のアクセルを踏み、日の暮れた高速道路を飛ばしていた。秩父神社を出たのは、まだ夕暮れ時であったから時間に余裕があったとはいえ、早朝からの登山があったのだから、もう宿を探して休んでもいいところではあるのだが、そうもいっていられないのが、2日目だった。
秩父神社を出た足で向かったのは、更に西。
愛知県だ。
中央道を使い、約360キロの距離がある。ざっと見積もって5時間の道のりは、何とか今夜の内に辿り着いておきたいところだった。
――御朱印とかもらいに行く訳じゃない。
着く頃には夜中になってしまっているから境内に入る事はできないが、境内に入れなければ《導》が意味を成さない訳ではない。
登山以外にも、朝食もそこそこに出発した事、昼食は兎も角、夕食がコーヒー1杯程度だった事も
それでも石井がメンタルでもフィジカルでも、並の男を凌いでいると証明したのは、この時だ。
疲労を、そして《導》を4つ重ね掛けするという負担を押しのけて、石井は旅を続けたのだから。
到着した場所は、熱田神宮――。
既に境内へ入る事は許されない時間帯であったが、存在を感じられる場所まで来られるのならば問題ない。理想を突き詰めれば、目的としている存在が眼前にある事がいいのだが、ここばかりは不可能だ。
熱田神宮の御神体とされている神剣の記憶こそが、この場で石井が手に入れたいものだ。
遠くに望みつつ、石井は5回目の《導》を見せる。
「リメンバランス」
前段階の《方》を高めただけで、石井の身体に尋常ならざる圧力がかかる。
――5度目か。
フーッフーッと長く、深く息をしながら、石井は意を決し、《方》を《導》へと高めた。
「フィールド――戦場の記憶」
神剣から受けとろうとするイメージは、それを振るう英雄のものだけではない。
そもそも神剣とは、陰陽――この場合は神道であるからハレとケといった方が正確か――に分けられる。真打ち、影打ちと呼ばれる複数の剣が作られるのは、そんな理由からだ。
その陰陽二つの記憶をイメージしようと《導》を放つ。
英雄の手にあり、その危機を幾度となく救った神剣。
――椎子に、その奇跡を……!
また同時に、幾度となく消失の危機に遭った。逆賊に奪われ、海中に没した事もある。
――矢矯に、その艱難辛苦を……!
石井の身体を《導》が駆け上っていく。真打ち、影打ちといえば、出来の善し悪しのように感じられるが、そうではない。御神体にするため、ハレとケに分けるためであり、これは性質の問題だ。複数の同じモノが存在しなければ、そんな事はできない。
真打ちにも影打ちにも、それ相応の、互角の力がある。
そのイメージを玉鋼へ――。
ルゥウシェに幸を、矢矯に苦難を与えるために。
5度の《導》は石井の身体を駆け巡りつつ、荒々しい力を暴力的に発していくが、それを制するのが、石井の意地だった。
玉鋼に《導》が宿る。
5つ目――思わず倒れ込んでしまうが、石井が目指す地点は、あと二つとなった。
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