第7話「排除されるべき男」

 しかし一昼夜が過ぎると、矢矯やはぎは高揚感を忘れてしまう質だ。


 参戦を決意したが、冷静さを取り戻すと後悔が始まる。


 ――勝てるのか?


 積算資料に目を走らせている矢矯だったが、まるで頭の中に入ってこなくなっていた。


 皆が次々と挙手する中であったから賛成したが、的場まとば姉弟きょうだいの参戦を矢矯は快く想っていない。


 ――負けていい戦いなど存在しない。


 舞台の上がれば決着はろくでもない結果しか有り得ないのだから、敗北は常に許されない結果だ。


 敗北は常に許されないが、逆の存在ともいえるものはある。



 ――勝っても仕方のない戦いは、ある。



 次の舞台を、矢矯はそう考えていた。


 小銭に過ぎないが、勝利と引き換えに手に入れてきたものが、次はない。



 敗北で失われる命を失わないだけだ。



 その命は、果たしてどこまでの価値があるのだろうか?


 ――少なくとも、俺には……。


 的場姉弟と天秤にかければ。どうしても軽い。


「でもな……」


 思わず出してしまった声に、矢矯は顔を上げさせられた。仕事に集中できないだけでなく、他事に捕らわれてしまっていると自覚させられたからだ。


 ――俺が一人で全員、斬り捨てるか?


 いざとなれば乱入してでも、無理矢理、勝ち抜き戦にしてしまえばいいという考えが浮かぶが、それが現実的かと考えると首を横に振るしかない。


 ――できるか?


 バッシュを斬り、ルゥウシェを斬り、美星メイシンを退け、アヤと明津あくつと斬った矢矯だが、それを一日の内に完結させるのは無理がある。勝ち抜き戦にすれば、7人抜き以外に決着はなくなる。7人全員を一人で斬れるといえる程、矢矯も自分の腕に自信がなかった。


 ――バッシュと明津はどうにかなる。問題は、六家二十三派りっけにじゅうさんぱ


 見た目程、楽勝でなかった。一方的に見えるのは、ハイスパートしか矢矯には戦い方がないからだ。アヤと明津を斬った時も、もし二人が迎撃ではなく逃亡を選んでいたならば、矢矯は《方》の限界を迎え、敗北する結末とて有り得た。超時空ちょうじくう戦斗砕せんとうさいは不破の技ではあるが、連発できるものではない。


 バッシュは斬れる。


 明津も斬れる。


 アヤは?


 ルゥウシェは?


 ともは?


 石井は?


 六家二十三派の4人を連戦で斬るのは、どうしても不安が残る。


 そして何よりも浮かぶ名がある。


 ――メイさん……。


 恐らく斬れない。これは技量以前の問題だ。


 厄介な連中と差し違え、後は任せたと退場するという選択肢も選べない。


「くそッ」


 もう一度、矢矯の口から声が漏れ、途端に胸痛が始まる。


「……ッ」


 ギッと歯軋りしつつ、シザーバッグから薬を取り出して口に放り込む。少々、乱暴に水筒を取り上げ、喉に流し込んだ。しかし即効性という程、即効性はなく、舌打ちと歯軋りを繰り返させられた。


 ――アラームと、スケジュール帳。


 そんな顔のままスマートフォンのアプリを立ち上げる。頓服とんぷくは好きな時に好きなだけ飲んでもいいようなものではない。


 ――8時間から6時間か。


 半減期の違う複数の薬を飲むという事は、それだけ管理が面倒になる。


 ――タイムリミットは、いつまである?


 心中の言葉が何を指しているかは、主語を省略した事で自分に対しても隠した。



 タイムリミット――この生活か? それとも次の舞台か?



 ――どうでもいい。


 よくはないと思いつつも、矢矯はそう締めくくるしかないと断ちきった。





 ――相手が集まるとしても、集まらないとしても、こちらのコントロール下で動いてもらう。


 小川は片手にスマートフォンを、もう片方の手に走り書きだらけのメモを持っていた。


 そこに書かれている名前が、小川が排除できると考え、実行できる名前だ。


 ――イニシアティブはこちらが握る。


 これは最重要、最前提条件となるものだ。準備不足では戦えないし、どれだけ周到に準備したとしても、安土は確実に隙を突いてくると考えなければ痛い目を見させられる。陽大あきひろの時は無警戒であったから仕方ないとしても、警戒しつつも的場姉弟と矢矯の時は不覚を取らされたのだ。


 100%は有り得ない。少なくとも、そう考えて行動していなければ、80%にも届かないはずだ。


 策は練る。


 ――場合によっては、ルゥウシェたちを裏切る事になってもな。


 小川が見遣るメモの名前は、三人。


 ――弓削ゆげ わたる


 除外できる者として、その名前があった。


 ――乙矢おとや葉月はづき


 乙矢も同様。


 ただし次にある名前は、除外ではなく「排除」と書かれていた。



 ――矢矯やはぎ じゅん



 区別に使われた排除の意味は、後々、分かる。

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