第15話「遅れて訪れた初戦」

 ただ入場順が逆になっただけで、凄まじい違和感を覚えてしまう。自分を照らすカクテルビーム、また矢矯が使って以来、孝介こうすけ仁和になも使うようになった花道の花火の色が、赤ではなく青になった事で、その違和感は強まる。


 本来、新家しんけの中でも更に力の弱い、《方》しか持たない孝介は、誰が相手であろうとも格下だ。赤ではなく青が常でなければならないのだが、ルゥウシェや美星メイシンとの因縁から、常に赤を背負い続けてきた。


 それが正常に戻っただけで、落ち着きを奪う程の違和感がある。


 孝介の状態が見て取れるのだから、花道を歩く石井も軽く口角を吊り上げていた。


 ――正常に戻っただけだろ。


 何戦目であるかは聞いていない。興味がなかった。石井が重要だと思ったのは、孝介が新家である事と、《導》がない事、それだけだ。石井が身に着けている《導》は雲家うんけ衛藤派えとうはでも特殊で攻撃手段ではない。しかし六家りっけ二十三派にじゅうさんぱ出身の石井は、フィジカル面でもエリートだ。


 矢矯やはぎはルゥウシェとバッシュのリメンバランスを踏破して斬りつけたが、孝介には不可能だと思っている。矢矯の最大戦速が時速1200キロという話を信じていないのだから、孝介はもっともっと下のスピードだ、と。


 ならば剣の勝負になる。


 ――まだまだ成長期の子供の身体だ。


 もう三十路の石井であるが、人間の身体は面白いもので、肉体のピークは大体、24歳頃に来るのに、17歳では70%ほどしか完成しておらず、29歳での衰退は90%で留められている。


 孝介と石井のピークが同じだとすれば、石井の方に分があるし、新家の出である孝介のフィジカルが石井に及んでいるとは思えない。



 だから石井は十分な勝機を見ていた。



 フィジカルでは自分が圧倒している。


 そして手にしている武器も、石井は自らが鍛え、《導》によって精製する事でしか作れない刀だ。


 ――武具の上でも、身体能力でも、確実に私が上だ。



 その確信があったからこそ、石井は自ら舞台に上がるのだ。



 見窄みすぼらしい《方》と、矢矯くらいでは鍛えられない見窄らしい身体に、エアーハンマーで叩いただけの安っぽい剣――全て劣っている。


 気分を最高に盛り上げてくれるシンフォニックメタルが会場に響いていた。


 奇しくも、その曲名には石井が入場してくる花道の「赤」が入っている。


 そして、この舞台で孝介の身体に刻み込む色だ。



 紅蓮――その名を持つシンフォニックメタルは、石井の闘争本能に火をつけている。



 ゆっくりした足取りで、曲の終わりと舞台に上がるタイミングを合わせた。


「……」


 乱入を警戒し、この一戦も審判がついている。


 その審判が、二人に進むよう促す。スポーツの試合ならば、ここでルールとマナーの説明があるのだろうが、こんな舞台ではない。


 二人が定位置についた事を確認し、告げるだけだ。


「始め――」


 審判の仕事は、確認作業だけだ。



 始まりと終わりを確認するだけでいい――。



 その全てを握るのは観客だ。二人が用意できていようといまいと関係ない。


 反応は――孝介も石井も良好だった。


 石井は踏み込むと同時に刀を抜いた。居合いの心得はなかったが、石井の作り上げた刀は石井が最も扱いやすい形になっている。無駄が全て省かれる訳ではないが、足枷あしかせとなるレベルではなくなっている。


 対する孝介は、抜くよりも先に回避を選んだ。


 ――合わせると折れるぞ。


 矢矯からいわれていた言葉があったからだ。


 超硬金属といっても、タングステンカーバイドは床に落としただけで刃が欠けてしまう。軟鉄を蝋付けして剛性を稼いでいるが、完全無欠、不滅の剣ではない。


 目的物を断つならばある程度の重さが必要で、鋭さを出すならば薄さが必要という矛盾は、剣という武器の宿命だ。


 真横からの衝撃は、容易に剣を折ってしまう。


 形状を活かして交わす技術が存在し、諸説あるが「しのぎを削る」とは、その技術を指しているというのだが、矢矯が身に着けていない技術は孝介にも伝授できない。


 ――避けろ。そのための感知だ。


 矢矯が教えたのは、感知の《方》を使い、敵の攻撃を回避する方法だ。


 ――逃げた!


 石井は孝介の後退を、そう見た。


 事実だ。



 孝介は逃げた。



 ――攻める足を残す事は必須じゃない!


 相手が振るっているのも、自分が振るうのも、刃物だ。当たれば斬れる、突けば刺さる代物だ。必殺の間合いを保つ事を命を繋ぐ事よりも優先してはならない。


「逃げてるんじゃねェ!」


 野次ヤジが飛んできた。今日、孝介が一人であるのは観客に知らされている。


「女と師匠がいないと、命も賭けられないか!」


 次に煽り。


 


 孝介にとっては頭に血が上るのを感じてしまうのだが、その衝動のままに行動して勝利する事が、どれ程、難しいかは知っている。


 ――冷静さを失ったら負ける!


 細かな操作が命綱だ。


 矢矯ならば石井の動きを感知し、最良のタイミングで身を躱し――逃げるのではなく、さばいて――石井の戦闘力を奪う事もできるのだろうが、孝介には、まだまだ無理だ。


 逃げながら決定的なタイミングを待つしかない。例え、石井が身体能力と反射神経だけを頼みに、刀を振り回しているに過ぎないにしても、石井のフィジカルは天才といっていいレベルだ。


 自分の間合いに留まるには、賭けが必要だ。


「……」


 石井の目が、刃越しに孝介へと向けられる。


 その目が見ているものは、孝介へのあざけり――それも確実に突き刺さる言葉だ。


「借り物」


 孝介が気にしている点を見つけていた。


 それを短い一言にする事で、鋭く突き刺す。


「自分では何も持っていない。全部、ベクターからの借り物、ほどこし物」


 動きが変わった。観客席からは分からないが、石井には明白だった。


 ――ベクターの急所がコイツであるように、コイツの急所もベクターか。


 小川が孝介を舞台へ上げた手法は詳しく聞いていなかったし、明かされてもいなかったが、石井は辿り着いた。


「乞食野郎」


 安っぽい挑発だ。


 安っぽいが故に、安っぽくキレさせる。

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