第16話「もう滅ぶべき」
文字と声では、同じ言葉でも受ける感情が違う。
身振り手振りが見えず、口調が分からないため、文章の方が厳しいという者もいれば、逆もある。文章など無視してしまえばいいという理屈だ。
SNSが広がり、匿名――現実には本当の匿名になる手段など存在しないが――であると思い込んで行動する場合、必須のスキルといえるのだが、孝介はそれがない。
彼我戦力を読み間違う程ではなくなっているが、
舞台に上がる百識は、余程の事がない限り、暴力に対するハードルが下がる。
当然といえば当然だ。
相手を黙らせられる凶悪な武器を持ち、それを振るう技量を身につけ、殺す事がタブーではなく、推奨される場所に立っているのだから。
「バカ野郎」
石井は思わずそう呟かされた。
この程度で
だが、孝介は安っぽい挑発に対し、安っぽくキレた。
――明白だ!
孝介の動きが変わったからだ。
その変化は、観客席から見下ろしていたのでは分からない程だっただろう。
石井が言葉を発した瞬間、孝介は肩を震わせた。
動揺に似た反射は限界を超えた苛立ちだと、石井には推測できる。
男はそういう反射を示す事を、石井は誰より持っていると自負しているのだ。
――図星を指す必要はない。男は、図星よりも
学生時代から経験してきた事だ。小川が部長、自分が副部長をしていた部活動で、よく部員に対し、してきた事だ。
実力は部内一でありながら、休む事が多かったという理由だけで部長になり損ねた男子部員だった。
一瞬、その男と孝介がダブって見えたのは、偶然ではなかったのかも知れない。
その男子部員は、殴るに殴れない状況だけに、俯き加減に視線を逸らし、怒りに震えるしかなかった。
だが孝介は――、ぶつける力を持っている。
電撃のように走った怒りが行動を制限したのは一瞬でも、石井が刃を振るう隙としては大きい。
「はッ!」
短い気合いと共に振るわれた刃。
孝介のように剣を操る術を身に着けていない石井でも、
「!」
胸元を掠められた痛みに、孝介は目が眩む程の衝撃と痛みを覚えた。
衝撃としかいいようがなかった。
刃物で斬りつけられた時に感じる痛みではないと感じさせられたのだ。
――《方》か? 今の、《方》を流し込まれたのか!?
純粋に痛みを与えるだけだから《方》だと感じた。
だが現実には、石井が扱うのは《方》ではない。
痛みを与えたのは《導》――呪詛の《導》だ。
すぐに自覚できたのが痛みだったから、《方》だと思ったに過ぎなかった。
次に襲ってくるのは、重さだ。
「な……!?」
孝介も声を失った。
声を出そうと動かした唇すらも重かったのだ。
手足は言及するまでもない。
――かかった!
石井の顔に必勝の笑みが浮かんだ。刀に宿るのは、
孝介の顔が歪んだ事が、何よりも証拠となった。
無論、孝介が念動の《方》によって四肢をコントロールしているのは知っている。
「その状態で、そんな精密なコントロールができるか!?」
思わず声に出してしまった。
「ッ」
逃げるようとしたのだから、孝介は逃げるだけならば可能だと思った。
だが大きく間合いを開けようとすれば、足が
――縺れる!
刀に宿った《導》が、集中力をかき乱そうとしてくる。経験した事のない痛みと衝撃は、どうしようとも我慢しがたい。
――最も必要なのは、自分の感覚を確実にフィードバックする事、単一行動を確実に
何度も矢矯の言葉が耳に蘇ってくる。感覚を確実にフィードバックさせる事に感知を、単一行動を確実に熟す堅実さに念動を使っているが、その
それを容赦なく奪ってくる絶対者が、痛み――。
――
歯を食いしばるが、震えで不愉快な音を立ててしまう。その音すら集中力を奪っていく。
身体操作が甘くなり、その甘さが安易な思考へ飛びつかせてしまう。
――跳べ!
荷重移動すらも念動の《方》で加速させているのだから、
だが空中で姿勢を整えられる程、孝介の念動は強くない。
「かかった!」
石井が刀を水平に構えるのだから、空中では動けない事に気付いている。
切っ先を地面に足を付けられない孝介へと向けた。
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