第17話「危機は好機。辿り着いた境地」

 人は三寸も切り込めば致命傷を負うという。しかし三寸――10センチ弱の深さまで斬り込むのは、素人には無理な話だ。ウエストが82センチならば、胴の厚さは25センチ超なのだから。


 フィジカルでは優れている石井も、体術を修めているわけでないのは六家ろっけ二十三派にじゅうさんぱの女に共通する点だ。


 自慢の刀も、振って一刀両断にできるか否かは腕前の問題だ。



 だが突くとなれば話は別。



 日本刀とて、腕がないならば突くに限る。


 切っ先を水平にしたのだから、石井が狙うのは突きだ。そして刃渡り二尺三寸の日本刀だ。三寸も突き刺す事は容易だ。


 ――拙い!


 孝介こうすけの《方》が赤信号を点滅させていた。足が地面に着いていないのだから、跳躍する方向を変える事はできない。滞空時間は、「時間」という程もかからない一秒程なのだが、石井が突く事は可能――いや、寧ろ見逃したならば大間抜けだ。


 着地するのを待たず、石井は刀を突き出した。


 狙いは胸。的にするならば、人体で最も大きく、そして重要な臓器のある場所を狙う。


 ――心臓でなくても、肺でもいい! そこへ呪詛を流し込む!


 ルゥウシェであれば、ここではじめに見舞った《導》を使うのだろうが、生憎と石井には攻撃の《導》はない。


 だが刀に宿った呪詛は、致命傷を負わせられずとも、確実に孝介を蝕む。


「ッ!」


 息を止め。石井が刃を突き出す。


 ――着け、着け!


 着地を早くと焦る孝介は、目に映るスローモーションに見えてしまう切っ先に対し、ギギッと歯軋りした。


 だが、当たる。


 孝介の感知が告げている。



 着地よりも早く、石井の切っ先は孝介の胸を捉える、と。



 ――!


 絶体絶命の機に瀕し、孝介の脳裏には様々な事が浮かぶ。


 両親の事。


 ――あの家は、俺の……俺たちの……。


 不条理だ、贅沢だという事は分かった上で、それでも守りたい両親が遺してくれた場所なのだ。


 姉の事。


 ――姉さん……ねえさん……。


 守ってくれと祈るような事はしない。だが自分の死を知った時、姉の人生はどう変わってしまうのか、それだけは考えてしまう。


 そして――、最後に思い出す。


 ――ベクターさん!


 矢矯やはぎが叩き込みたかった事は、まだまだあったはずだ。今、孝介が身に着けている事は、舞台で戦う上では最低限度の事だ。生き残った上で勝利を確実なものとするには、まだまだ身に着けなければならない事があったはずだ。


 ――いったじゃないか!


 思い出すのは、矢矯と姉の3人での勝利した場面。



 ――最後の最後、教えてないのに次のステップに進んだな。



 その言葉を思い出した事こそが僥倖!


 思い出せば、感覚が蘇ってくる。


 あの時、孝介はどう動いたか?



 1秒が数分にも思えたのではなかったたか!?



 ――念動だ!


 気付いた。


 あの時、孝介が使った《方》は念動だった。


 何に使った? ――時間だ!


「!?」


 石井は人の肉体を貫いた手応えを感じられなかった。



 避けたのだ。



 孝介にできたのは、僅かに身をよじる程度でしかなかったが、身をよじり、石井の刃を脇へかわし、串刺しになる事を回避した。


「ッッッ」


 反撃する余裕はない。


「甘いッ!」


 対する石井には、刃を横へ薙ぐ余裕があった。


「突きは、すぐさま横薙ぎへ変化させられる。私の刀に死角はない!」


 間合いから離脱しつつ、石井の顔には必勝の笑み。致命傷ではないが、また孝介の身体に傷を負わせた。その傷口から流れ込む呪詛の《導》は、刀傷よりも余程、深いところへダメージを与えてくれる。


「……」


 孝介の呼吸が荒くなる。これだけはどうしようもない。ダメージからくる身体の反射だ。


 ――問題ない! 問題ない!


 孝介はそう思う事で、意識を繋ぎ止めていた。呪詛が送り込んでくる衝撃と苦痛に耐える。難しい、簡単ではないが、不可能ではない。


 ――不可能じゃない!


 孝介には縋るものができた。


 今の閃きを僥倖ぎょうこうというしかないのは、孝介は今、矢矯からの借り物――教えてもらったもの以外に場所へ辿り着けたからだ。


 ――脚は動く。一歩か二歩か、確実に石井よりも先んじられる。


 走る事はできないため、逃げる事はできなくなったが、石井の素人剣法に対し、アドバンテージは保てる。十回中十回の成功は不可能だろうが、8か7は孝介のものだ。


 ――だから間合いは、俺が制してる。


 石井が本当に剣を修めていたら、今の一撃で「死角はない」などといわなかったはずだ。剣に「連続攻撃」はない。突きと同時に気をつけなければならないのは引きだ。横薙ぎへの移行ではない。横薙ぎとて、気をつけなければならないのは、その直後の引き――原点回帰する事だ。それができず、「突きは横薙ぎへ変化できる。死角はない」など、素人の考えだ。


 ――呪詛の刀か。それが、合理性を奪ったな。


 浅くても何度も斬りつければいいと考えているから、辿り着いたのは間違いない。


 間合いは孝介が制せられる。


 そしてもう一つのアドバンテージも、孝介は得た。


 ――時間……。


 今、孝介は一秒を数分にも感じられる感覚を手に入れた。念動の《方》と感知の《方》を組み合わせる事で、矢矯が教えていない領域へと踏み込んだのだ。



 間合いと時間を制する――勝機だ!



 活かす技は……、


「応用だ」


 孝介はそう呟くが早いか、剣を大上段に構えていた。


「……ソニックブレイブ……」


 石井の顔に浮かぶのは嘲笑か。


 孝介に必勝の表情は……ない。

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