第18話「My Brave,Silver Moon」

 矢矯やはぎと同等の身体操作ができたならば、石井が停止した時点で勝負は決していた。超時空ちょうじくう戦斗砕せんとうさいを使うまでもなく、踏み込みからの打ち下ろし――孝介こうすけ仁和になが名付けたソニックブレイブと同じ動きだ――で勝利している。


 音速で動ける矢矯の踏み込みからの一撃は回避しがたい。同じく感知の《方》を持ち、同レベルの身体操作ができるならば兎も角、石井には不可能。


 だが孝介には、そこまでのスピードがない。


 ――間合いの外だ!


 石井は刀を脇に構え、孝介の切っ先に注視した。孝介の最大戦速は時速100キロ。切っ先から目を逸らす訳にはいかないが、逸らさなければ避けられると石井は踏んでいる。


 ――確かにな!


 孝介の《方》が感知したのは石井の思考ではないが、視線を読めれば判断できる。


 ソニックブレイブと名付けてはいるが、本当に音速で動けている訳ではないし、万全でない状態であるのも心得ている。


 妙な悪寒がし、頭にだけ灼熱に晒された岩でも放り込まれたかのような熱が襲いかかってきている。


 集中力は必然的に殺がれ、細かな身体操作など望むべくもない。


 ――耐えろ!


 吐き捨てるようにいう事もできない孝介は、心中で叫んだ。


 もし声に出していたならば、石井は馬鹿にしただろう。


 耐えられるはずがない――。


 他の誰でもない石井が、親友のために極限まで高めた呪詛じゅそなのだ。それを想定した標的が浴びた。浅手であった事が幸いしたのか、傷口が腐るような事はなかったが、苦痛だけは絶え間なく襲いかかってくる。


 四肢が重い。


 頭を締め付けようとする頭痛と、内から膨れあがろうとするような頭痛の二種類が襲いかかってくる。


 傷口は酸をかけられたようにみ、ドライアイスを押し付けられたようにみる。


 全てが孝介の集中力を殺ぎ、何かもかを捨てたい思考へと陥らせていく。


 ――うるさい!


 それで霧散してくれるなら楽なものであるが、生憎とそうはいかない。


 顔を歪めつつも、剣を大上段に構える。


 ――無駄な事。無駄な事。


 石井は釣り上がっていく口角を自覚しつつも、笑みで緊張感が途切れてしまう事だけは耐えた。


 孝介とは真逆だった。


 孝介は顔を歪めて耐え、ひとつひとつを確認していく。


 ――走れないけど、一歩か二歩なら動ける!


 踏み込みだけは確保できている。


 ――足を支えられてるって事だ。なら、どの角度からでも剣を振れる。


 念動によって下半身を安定させられている。


 ――剣を振るう事もできる!


 一度切りならばという条件はつくが、攻撃に転じる事も可能だ。呪詛が放つ苦痛は続いているが、それとて矢矯も似たようなものに耐えつつ《方》を使ってきた。時間と空間を歪める事に比べれば、孝介の負担は軽い。比べるまでもなく。


 だから矢矯からのもらい物という意識は消えていた。


 その代わりに浮かんでくるのは、矢矯がいっていた言葉。


 ――男は、どれだけヤバい状況でも、卑怯な振る舞いは許容されないだろう?


 それを矢矯は「男であるハンデ」といった。


 ハンデを背負いつつも、負ける事が許されない身となったのだから、孝介の悩みは当然の事でもある。


 石井やルゥウシェは、腹をくくれない、情けない男だというだろう。


 仁和はすぐに腹を括り、自分のすべき事を見いだした。やるだけやって、それでもダメならば仕方がない、と覚悟を決めた。もらい物であろうと何であろうと使い、切り抜けるのだ、と。


 それに対し、孝介の悩みはウジウジとしかいいようがなく、アレも嫌、コレも嫌といっているに過ぎないと断じるだろう。


 だが、もしも矢矯や弓削ゆげに全てを打ち明けていれば、決してそう断じる事はなかった。



 ――決して負ける事の許されない戦いに挑んでいるのに、悩んで当然。



 二人とも――いや、乙矢おとやきよしとて、そういう。


 乗り越えた仁和も凄いが、孝介が特別、弱い訳ではない。


 その証拠が、今だ。



 孝介は腹を括れた。



 間に合ったのだ。仁和に比べて遅いは批判に当たらない。


「ッ」


 大上段に振り上げていた剣を振るう。


 石井が回避に移るが、それは半歩でしかなかった。


 孝介の剣は振り下ろされたのではなく、横――真横に倒されていったのだから。


「バカじゃない!?」


 石井も思わず声が出てしまった。


 孝介の剣はゆっくりと円を描くように振るわれている。


「催眠術になんてならないし、幻惑にもならない。そんな動作で剣の速さが増す? そんなはずもない!」


 何の意味もないと怒鳴らずにはいられない。舞踊や歌唱によって《方》を高める百識ひゃくしきも存在するが、孝介は違う。仁和も違うし、矢矯にも教えられない。


 もっとマシな目くらましがあるだろうといいながらも、石井の目は孝介の切っ先を捉え続けている。退いた距離は半歩だが、こんな行動しか切り札のない孝介だ。その半歩は致命傷になるはずがないと笑えた。


 しかし孝介にとっては、どれだけ嘲笑されようとも切り札だ。


 間合いは制した。その半歩の差が如何ほどであるか、石井は理解していない。


 そして石井の目は、孝介の姿ではなく切っ先を追った。


 ――を制したぞ!


 呪詛の苦痛に歪まされる顔で、狭窄きょうさくさせられる視野の中、孝介は確信を掴んだ。


「我が刃――」


 だからいう。


「極限まで研ぎ澄ませれば――」


 剣の旋回は止めない。一定の調子、それも自身が修練してきた通りの、5分でも10分でもかけるゆっくりした動きで。


 その動きならば、石井も目で追うのは簡単だったはずだ。


 だがゆっくりであるが故に焦点は切っ先に合わせられ、孝介の姿は完全に視野の外に出てしまう。



 勝機が訪れたのだ!



「断ち切れぬものなど、ないッ!」


 静から動へ――孝介の剣は恐るべき加速を見せ、石井へ襲いかかったのだ。


Myマイ BreaveブレイブSilverシルバー Moonムーン!」

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