第19話「Link and add」
切っ先にさえ気を付けていれば、半歩の差など何でもないと思っていた石井は、それ故に反応できなかった。同じく剣を使うといっても、明津とは訳が違う。溜を必要とする明津の技は、正確に言うならば静から動へと移っていない。
下半身を安定させているからこそ、孝介はどの角度でも斬撃を放てる。
ゆったりとした円の動きから、停止を挟まず、殆どタイムラグなしにトップスピードへ到達する加速と、呼吸を感知する事で掴んだ機は、石井から時間を奪ったのだ。
間合いと時間を制する――矢矯からのもらい物ではない、孝介が辿り着いた境地だ。
身体操作と感知を駆使し、掴んだ機だ。それも矢矯と同じく、耐え難い苦痛の中で掴んだ。賭けといわれるかも知れないが、孝介にとっては絶対の機だった。
――掴んだぞ!
そして孝介に絶対の機だと確信させたのは、今、確かに自分の《方》があらゆる軸と繋がったと実感した事だ。
――マイ・ブレイブ・シルバームーン……。
咄嗟に浮かんだ名前だったが、気に入った。ソニックブレイブの次だから、マイ・ブレイブ。そして男は太古、銀であり月だったという言葉を思い出し、自分が描く剣の軌道と重ね合わせた。
石井は
「ッ」
だが必殺の一撃としては格好が付かない事、この上ないが、そこが孝介の限界だった。
バランスを保てない。
苦痛を押さえ、感知と念動を使い続ける事は、流石に荷が勝ちすぎた。
しかし、それに救われた形だった。
「……」
石井を襲ったのは、刃ではなく峰の方だったからだ。コントロールが甘かった。胴薙ぎならば刃が当たったが、逆胴は刃を向けられなかった。
だが石井にとって不幸な点があるならば、峰であっても当たった部分が顎先であった事だ。
刃を向ける事はできなかったが、命中箇所を正確にする事だけはできたのだ。
人体で意識を寸断できるのは、その一点だけ。側頭部や脳天に命中させて意識を失わせたとすれば、それは脳震盪ではなく脳挫傷だ。
顎先をピンポイントで捉えた事は、孝介にとって最大の幸運だっただろう。
「クッ……」
呪詛の苦痛が続く中、剣を杖代わりにして立ち上がろうとする孝介は、視界の隅に剣身が入った。
その鈍色の剣身には、ヒビ一つ入っていない。
――凄い。
かなり無茶な使い方をした自覚があった。日本刀のような剣は、本来、横の衝撃に弱い。刃を合わせれば欠けるが、同じく峰に衝撃を与えれば剣身にヒビが入る。だがタングステンに軟鉄を蝋付けして作られた剣身は、その衝撃に耐えた。
矢矯からのもらい物という感覚は、もうない。
剣を杖代わりにして立ち上がった孝介は、裁定を下す審判役を睨み付け、
「こっちがボロボロだから宣言できない訳じゃないよな? 俺の勝ちだろ」
宣言しろと迫る声と視線には、まだまだ力がある。本当に刺す訳にはいかないが、何なら石井の胸に剣を突き立ててやろうかと無言の圧力をかけられている。
「……」
審判役は迷った。
観客の支持は、まだ拮抗している。
――クソ。
孝介は自分にしか聞こえないよう、小さく吐き捨てた後、杖代わりにしていた剣を構えた。
観客が沸く。
石井が気を失っているのは明らかである。
そのまま剣を突き立ててやれというのだろう。
審判の顔からも、迷うような表情が消えた。
合図は――孝介が必要としていない。
――計算させろよ!
孝介は歪みそうになる顔を必死に、歯を食いしばって打ち消す。
感知するのは、もう最低限度だ。
――距離! そこまで跳ぶだけでいい!
身体操作も最小限だ。
跳ぶ――できるだけ高く
着地する距離は感知しているし、この操作は簡単だ。細部に至るまで気を遣わなければならないものではない。
石井に馬乗りになる形となり、その切っ先は――、
「勝者、ブルー!」
歓声と共に審判役が宣言する。
しかし孝介の刃は、石井の喉や胸に突き立てられてはいない。
孝介が切っ先を突き立てたのは、石井の顔面スレスレだ。
観客からは、顔面に突き立てたとしか見えなかったはずだ。錯覚であっても興奮を呼び、その結果が、この宣言だった。
――勝った!
その確信は、孝介自身にとって、自分だけで勝ち取った勲章となった。
石井に勝利し、観客を自分の望む結果に導いたのだ。
勝利以外に、表す言葉はない。
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