第7章「昏き剣、輝く勇気」

第1話「遺された呪詛」

 ここまで耐えた孝介も、退場にはストレッチャーが必要だった。大部分を緊張感が保たせてくれていた。それが途切れると、孝介は自身の両足で歩く事すらままならなかった。


「念動で四肢の操作ができるのに、ですか?」


 処置室へ運ばれてきた孝介に対し、女医はそんな軽口を叩いた。孝介は矢矯の教えに従い、普段から《方》によって身体を操作している。四肢が繋がってさえいれば動くというのが身体操作と身体強化との相違点であるが、それにかかる負担は、瞬間、瞬間は小さくとも永続的に《方》を消費していく事と、細かな動作になればなる程、集中力が削り取られていく事だ。


「無理……」


 孝介は喋るのもやっとだった。もう身体が感じている苦痛が、辛いのか苦しいのかすら分からなくなっている。


「胸の傷ですか?」


 青紫の胴鎧を脱がせた女医は、フンと鼻を鳴らした。安土が――女医の妹が用意した衣装は、《方》に対する防御力も有している。防刃性能に関しては今ひとつであるが、石井くらいの腕では一刀両断は望めない。


「浅いです」


 縫うくらいは必要だが、致命傷には程遠い。


「治癒の《方》は必要ないでしょう。縫いますよ」


 針と糸を用意してと看護師にいう女医は、傷を確かめようと手を伸ばした。


 その時だ。


「待って!」


 思わず出した声は荒々しい。


 治癒の《方》を持ち、また六家二十三派・山家本筈派に繋がる血統であるから感じ取れた。


「呪詛の《導》ね」


 孝介に流し込まれた《導》の存在だ。


「宿ってたらしいですね」


 孝介が肩で息をしながら思い出すのは、この一撃を放った石井が、どんな顔をしていたかだった。


 ――まるで、掠めただけで勝ったような顔をしてやがったな……。


 刃に宿った呪詛が、どれ程の効果があるのか知っていたからだ。とはいえ、孝介は勝利した。ギリギリではあっても。


「……治るんですか?」


 できれば早く治療してくれという孝介に対し、女医は強く溜息を吐きながら視線をそらせた。


「呪詛の《導》は、君の身体を七つに分かれて走ってます。呪詛が補給されない限り、つまりこの場合、同じような武器の攻撃を受けない限りは、そのまま減衰して消滅するでしょう」


 時間が経てば自然と治癒するとはいうものの、その表情が暗いのだから、待っていればいいという話でないのは明白だ。


「でも――」


 女医の言葉から勢いがなくなる。


「その消滅がいつかは、わかりません」



 これは単純な《方》ではなく、《導》なのだ。



 ただ単なるエネルギーから、に変化させたものを《導》という。


 今、孝介の体内で暴れているのは、紛れもなく《導》だ。



 小さいながらも竜が七頭、身体の中に入っている。



 竜を駆逐する《方》は、女医には分からない。


 ――聡子みたいに、医療の《導》がいる……。


 聡子の《導》ならば石井の呪詛から快復させる事も可能なのだろうが、その提案はできない。孝介は聡子の素性を知っているが、女医は聡子を百識と関わらせる事は避けたい。


「何日かかるかわからない? そういう事!?」


 その間、こんな状態に置かれるのはご免だと訴える孝介だが、女医の返事は重い。


「手段が皆無という訳ではないですが……」


 いくつか対処法は思いつく。


 その一つは、矢矯ならば確実な手だ。


 ――でも、的場君にもできる?


 矢矯にできるからといって、弟子の孝介にもできるかといわれれば分からない。


「手は……」


 女医は意を決した。


「呪詛が身体の中で動いているから苦痛を生み出しています。それを止めてしまうんです」


「止める……?」


 想像の埒外だ、と孝介は顔を顰めさせられた。


「念動です」


 女医が挙げたのは、孝介が扱う基本的な《方》だ。


「念動で、その七つの呪詛の動きを止めてしまうんです。君の念動は、身体の中で発生させた場合、身体を亜音速で動かせる程、強くなるのでしょう?」


 矢矯の場合、時間や空間にも作用させられる。孝介の《方》も同様のものであるのだから、原理的には可能のはずだ。


「……分から……ねェ……」


 身体の中で、また目に見えない重心すらも念動で操れるようになっている孝介だが、この呪詛の動きを制限するという方法は分からなかった。


「感知して下さい」


 それを解決する方法も身に着けているはずだ、と女医はいう。感知と念動――矢矯が孝介に教えた基本的なものではないか。


「これ、かァ!」


 食い縛った歯の間から声を漏らす孝介は、自分の身体を駆け巡っている七頭の竜を捉えた。渦を巻きながら、ただ孝介を傷つけるためだけに動いている。


 止めに入る。複数の対象物に念動を浴びせるのは初めての経験だが、初めてだからできないというのは、言い訳になっていない言い訳だ。


 ――止まれ! 止まれ!


 願うように、念じるように繰り返す言葉。


 渦巻けないよう逆方向へ回す。


 動きを止めるために壁を作るのではなく、周囲から締め付け、スピードを落とさせる。


 全て初めてのことであったが、全ての竜が動きを止めると――、


「カッ!」


 全てから解放された、と孝介は頭を上げた。


「成功ですね」


 女医もホッと一息吐いた。


 しかし終わりではない。


「これ、無理がある……。戦闘より、ずっと厳しい。呪詛の動きをずっと感知して、念動で止めて……しかも、動きを変えようとする奴の反対の力を出し続けるって事だろ……」


 戦闘ならば、自分と相手の間合い、腕の位置、足の位置、武器の距離、と様々な要素があっても、それは自分と相手の二人分の事だ。


 だが、これは常に7人を相手にしているようなものだ。



 感知と念動を常に使い続けなければならないという事は、眠る時すらも使い続けなければならないという事だ。



 対処療法というのも烏滸がましい。


 そもそも孝介は、こんな状態を24時間、維持できない。


「……なぁ……」


 どうすればいいんだと訴えかける視線には、絶望の字があった。


 それに対し、女医は――、


「……後一手、付け加える事ができれば、凌げるはずです」


 考えがあった。

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