第2話「両雄並び立たず?」

 女医からの連絡を受けた安土は、慌てて車を走らせた。


「いらっしゃい」


 妹を出迎えた女医は、苛立ちを押さえきれない様子で、まだ長いままのタバコを足下に捨てて踏み消しては、新しいタバコに火をつけて吹かすという事を繰り返していた。


「的場君が?」


 愛車のドアを荒々しく閉めた安土は、息が切れるのも構わず駆け寄ってきた。


「矢矯さんや、お姉さんは?」


 孝介が一人だけで舞台に上がり、回復させがたい状況になっているなど、想定していない事態だ。


 他の二人、特に教師役の矢矯はどうしたんだと問われた女医は、タバコを口元から離し、首を横に振った。



「一人だけ」



 孝介は一人で舞台に上がり、石井と戦った。


 小川の挑発に乗った結果であり、それ故に安土にとっては最悪の状況だ。


「何を考えていたのでしょうか……。これで組みやすいと思われたら、矢矯さんさえ排除すれば、いくらでも制裁を加えられるという事になるのに……」


 無罪放免だと思うなという気持ちは強く、故に安土は独白の声すらも荒らげられていた。


「一人で切り抜けられたとは、とてもいえないわね」


 女医の一言は、安土の足を止め、もう一度、大きな溜息を吐かせた。


「自分の立場に、想像力が足りてないのですか……」


 矢矯がチームに加わった事と、矢矯なしでも切り抜けられると証明した事で、そう簡単に制裁マッチは組めなくなったが、それは決して盤石とはいえない状態だ。


 女医は厳正中立であるから、問われれば皆に孝介の状態を話さなければならない。


 ――それでは的場君が、未だ一人では楽な勝利なんて望めない事を証明てしてしまいます!


 そして小川は自身が掴んだ情報を隠したりはしない。


 ――的場君を単独で上げられたネタをいうでしょうね。



 その二つを組み合わせれば、孝介だけならば制裁マッチを組む事が可能であると判断するに十分な情報となってしまうのだ!



 しかも次に組まれれば、孝介は万全の状態で舞台に上がれない。矢矯と仁和を引き離してしまえば、ノーリスクだ。


 ――その上、的場君を失ったら、矢矯さんは平静でいられますか? ルゥウシェやバッシュが、そのタイミングで仕掛けてきたら?


 矢矯も身体操作に関しては、精密な――厳密といっていいコントロールを必要とする。千々に乱れた精神状態で万全でいられるはずもない。美星から切り離された時も、ルゥウシェに勝った理由は、的場姉弟に対する責任感からだ。安土は、ルゥウシェへの復讐心が勝っていたら危うかったと思っている。


「でも、手はあるでしょう?」


 早足で廊下を行く安土と並ぶ女医は、自分が考えている手が使えるはずだと視線で告げていた。姉妹である。視線だけで十分だ。


「……」


 しかし安土は返事をせず、荒々しく処置室のドアを開ける。


「的場君!」


 叫ぶような大声になってしまった事は、安土自身も些か驚いてしまった。


「……症状は、落ち着いているんですか?」


 だから続ける言葉は一呼吸、置いた。


 しかし一呼吸、置く必要もないくらい、孝介の返事は遅い。


「痛みは、になりました」


 ではなく、といったのは、孝介の《方》は連続使用できないからだ。戦闘状態ならば小一時間で限界を迎える。今の状況は戦闘状態に等しい。強い念動は必要ないが、感知の重要性は変わらない。


「……立てますか? 歩けますか?」


「何とか」


 安土の手を借りながら起き上がる孝介は、《方》で身体操作する余裕はない。自分の身体だけで立つのは久しぶりだった。少々、勝手が違うのだが、寝たきりでいた訳ではないのだから筋肉が萎えるような事はない。


 既に感知も念動も、途切れ途切れになっている。


 故にマシでしかない状況だ。


「ところで――」


 だから孝介の方から話を切り出した。


「弓削さんの所へ、連れて行ってくれるんでしょう?」


 女医が孝介に告げた名は、弓削だった。


 ――全く……。


 安土は舌打ちしたくなる気持ちを抑えながら、孝介に駐車場へ行くよう告げた。


 ――弓削さんは矢矯さんと仲が悪いというのに……。


 直接の面識がないのにも関わらず毛嫌いしているのだから、弓削が抱いている矢矯の印象は悪い。


 似たような《方》で、同じく身体操作をしているというのが反発の元であるから、安土には孝介を通して二人を繋いでしまうのが心配だ。


 ――もう的場君は、矢矯さんの弟子なんですよ?


 百識ひゃくしき新家しんけには「一日でも師たるならば、終生の父となれ」という言葉がある。即ち師弟関係とは、それ程、重いという事だ。きよしはじめに対し、そういう気持ちで接していた。若い矢矯や弓削が、この言葉をどこまで重く考えているかは不明だが、言葉を知らないという事はない。


 弓削が、この言葉を盾に拒否する事だって有り得るし、弓削に対し、何の悪感情を抱いている訳でもない矢矯が、これを機に悪感情を抱く事とて有り得る。


 ――今は、拙いのに……。


 だが安土にも、聡子の《導》を使うという選択肢は選べず、また他に孝介を快復させる術は思いつかないのだが。

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