第3話「親和性≒同族」

 弓削ゆげは断る事もできた。矢矯やはぎに対して抱いている同族嫌悪を発揮すれば、断る口実はいくらでも浮かべる事ができる。


 しかし弓削は、オフィスでもある自宅のリビングに孝介こうすけ安土あづちを通した。


「どうぞ」


 神名かなが紅茶を淹れて二人の前へ出しているのだから、拒絶の意志はない。初対面でないというのもあるが、弓削も感知の《方》を持っている。孝介の状態は、大凡おおよそ、想像がつく。


「ありがとうございます」


 孝介は頭を下げたが、それすらも苦痛を伴ってしまう。


「見ての通り、戦いの中で呪詛じゅその《導》を浴びてしまったようです」


 安土の説明に、「そのようですね」と弓削は返した。


内竹うちだけさん、冷たい方がいいと思う。的場まとば君は、炭酸は平気でしたか?」


「あ、はい。どっちかっていうと、炭酸の方が好きです」


「そうですか。なら丁度いいです。内竹さん、ティーソーダを淹れてあげて下さい」


 弓削に促されると、神名は「はい」と微笑みながら答えて、カウンターキッチンの向こうへ行く。


 その動きは何気ないものであったが、孝介の目を引いた。


「……」


 言葉も失うのだから、神名の動きに陽大あきひろと同様、魅了されていた。頭を全く上下させない動きは、身体の軸が全くブレていないという事だ。


 ――ベクターさんと同じ……。


 理想とする動きがそこにあった。この動きを高速で行った場合、相手はコマ落としにしえ見えず、体感速度が一気に上がる。神名は武器を使わないが、格闘戦を行うとなれば、尚更、拳は突然、アップになったような感覚に陥る。


「身体操作ですよ」


 神名が出してくれた紅茶に口をつけた弓削は、「君も同じようなものを修めているでしょう?」と軽くいった。


 それは手の内を明かすという事だが、孝介と弓削は同じチームではない。同じイラスト教室に通ったし、聡子の事で協力し合ったが、本来、別チームなのだから手の内を知らせるのは避けるべきなのかも知れないが、弓削は全ていう。


「的場君の《方》とは違って、弓削派の身体操作は障壁の《方》を使います。身体に沿わせて障壁を展開し、その形を変える事で身体を操作する」


「はぁ……」


 生返事しかできない孝介は、当然、理解が及んでいない。百識ひゃくしきといっても、孝介が知っている《方》は自分の操れるものだけだ。六家りっけ二十三派にじゅうさんぱの《導》すらも知らなかったのだから。新家はその程度だ。


「念動のように反動を打ち消す事はできませんけど、障壁内部で反動によるダメージを無効化する事ができます。だからダメージが少ない」


 弓削の弁舌は調子を上げていくのだが、それを遮るようにテーブルへティーソーダの入ったグラスが置かれた。


「飛ばしすぎですよ」


 神名が苦笑いしていた。自分の《方》が優れていると思わせたいがために熱が入ってしまうのは分かるのだが、本題からズレてしまったところで熱を入れてしまうのは弓削の悪癖だ。


「失礼しました」


 弓削も照れ隠しに頭を掻きながら、「さて」と言葉を切った。


「安土さんから聞いているのは、的場君の身体は呪詛の《導》に冒されていて、その呪詛の動きを念動で止めておかなければならず、その念動を振るうのに厳密な感知が必要になっている、という事でしたね」


 確認する弓削に対し、安土は「そうです」と頷いた。


石井いしい裕美ひろみ……雲家うんけ衛藤派えとうはの百識が作った刀の威力です」


 石井が北斗七星に見立てて、古代から中世を彩った怨霊、偉人をイメージした《導》を込めた刀――とまでは知らないが、七つの呪詛が孝介の身体の中で暴れている事は告げていた。


「雲家……。確か、雲のように様々な変化を持つ万能の《導》……でしたか?」


 弓削は孝介と違い、多少の知識はある。この辺りが新家しんけの特徴だ。知っている者は知っているが、知らない者は全く知らない。新家が軽く見られる理由は、こういったのなさにもある。


「世話人は小川おがわ慎治しんじです」


 安土の言葉に、弓削は目を大きく見開いた。


「見に行けばよかった」


 小川の名前は、弓削も見逃せない。陽大を舞台に上げた張本人であるし、聡子の一件にも噛んでいる。はじめに関して言えば、命を奪われる事態に陥った。


「ちょっと、《方》が追い付きません……」


 全てを全開にすれば苦痛を取り除く事ができるのだが、孝介が全開状態を維持できるのは精々、一時間か二時間か、計った事はないが、その程度だ。だまだまし《方》を発生させる時間を増やしていこうとしているが、それでは色々と削られていくように感じる。


「あの……、本題の事、私がいってもいいですか?」


 そんな状態であるから、ティーソーダを飲んで待っていた神名が口を開いた。


「え?」


 弓削が驚いた顔をするのだが、神名は「脱線ばかりです」と軽く溜息を吐いた。


「その苦痛を和らげる方法は、念動で押さえ込む以外にも、障壁で防御するという手段が使えます」



 障壁――弓削が得意とする《方》だ。



「安土さんが弓削さんに頼ったのは、そのためでしょう?」


 神名の問いに対し、安土は努めて鷹揚にに頷く。


「はい」


 返事は短い。弓削は矢矯と反りが合っていない事、孝介は本来、矢矯の弟子である事など、心配事は尽きないが、それを隠し、宥め賺し、目を瞑って表情を作った。


 そんな必要は――今はと注釈はつくかもしれないが――なかった。


「大丈夫ですよ」


 弓削は二つ返事だ。


「でも、俺には障壁の《方》は……」


 身に着けていないという孝介であるが、弓削は「大丈夫」という言葉で遮った。


「百識とは本来、技術群、知識群なんですよ。個人個人に固定されている能力じゃない」


 新たに身に着ける事は可能だ。


「そして、念動と障壁は親和性が高いんです」


 神名のいう通りだ。



 ものを「動かす」念動と、ものを「遮る」障壁は似ている。



「元々、《方》も《導》も一つしかなかったといわれてますね。何もかもできる力だったけれど、それでは使いにくいから、属性を付けて分けていった、と」


 思い出したようにいう弓削は、また脱線だ。


「よくいわれるのは、の2つ。できる事とできない事に別れたけれど、これで分かり易くなった。そこから、の4つ、もしくはの5つ。もっとできない事が増えたけれど、もっと分かり易くなった。それをパッケージ化したのが《導》ともいえる」


 分岐、発展、変化……それを指す言葉は様々だ。


「その辺の話は、乙矢おとやさんの領分です」


 安土が少しばかり強引に言葉を割り込ませた。孝介は万全ではない。万全であっても難しい話なのだから、今、理解できるはずもない。ましてや乙矢のように、この《方》や《導》の最源流を使いこなせる訳ではない弓削だ。


 孝介に聞かせるのは、結論だけで十分だ。


「障壁を教えよう。それで呪詛のダメージから守ればいい」


 弓削は約束しよう、と手を伸ばした。この場合の障壁は、パッケージ化されたものでいい。身体操作のように、感知を駆使して変化させるような使い方は、それこそ陽大のように追い詰められていなければ身につかない。


「お願いします」


 頭を下げた孝介は、握手を求めた弓削に苦笑いを浮かべさせた。

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