第14話「方便である」

 小川の信用は高いのか低いのかは、人それぞれで違うだろう。矢矯やはぎ陽大あきひろに関わる点だけでも見てみれば、1勝3敗と勝率は2割5分しかない。安土あづちが全て成功させている事に比べれば、「大した事がない」というのが大方の印象だ。


 ただ世話人を本職にするつもりはなく、自分の自尊心を満足させる事を目的としている小川自身の気持ちはというと……、2割5分どころではない。



 はじめを征伐できた1回は、当然の1回だ。



 川下かわしたの赤ん坊を害しようとした――濡れ衣であるが、小川には調べる気がなく、真実はどうでもいい――基は、どんな事があっても地獄に落ちなければならなかった。


 結果、基は聡子の《導》によって復活し、小川が世話人を務めているともを下したのだが、それで1勝1敗とはできない。


 当然の事ができていないのだから、マイナスなのだ。


 ――義務の放棄は許されん。


 小川はそう思っている。


 不当な方法で罪から逃れた者に罰を下すのは、自分の役割なのだ、と。


 4人もの命を奪いながらも、執行猶予を奪い取り、あらゆる責任を放棄した陽大と、母親の胎内にいる赤ん坊の命――罪にならない命を狙った基は、「この世に存在してはならない」というのが小川の考えであり、その命を絶ちきる事は使命だ。



 それができる男である事が、小川の渇望している「名誉」でもある。



 ――それを邪魔した奴も、同罪だ。


 思い浮かべるのは、陽大を庇う弓削ゆげ神名かなの姿。


 そうして思い出せば、聡子を確保しに行った時、邪魔をしたのも陽大と神名だった。


 後々、調べた事であるが、安土が手を回して遣わせていたのは的場まとば姉弟も含まれていた。



 同罪だ。



 矢矯には手を出せないが、的場姉弟ならば――孝介ならば話は別だ。孝介を排除する事は、小川自身が考える名誉にも繋がり、かつ矢矯に決定的なダメージを与える事にも繋がる。


 そして仁和になは兎も角、孝介こうすけ一人を舞台に上げるのは簡単だ。


「……」


 今、孝介は舞台の控え室に一人だけでいるのだから。


 小川は告げるだけでよかった。



 ――生き残らせていただいたんだろう?



 誰に?


 ――姉と、ベクターに。


 初戦に仁和が乱入しなければ、二戦目に矢矯がついていなければ、孝介は無事に舞台から降りる事はできなかった。


 孝介が気にしている一点を、小川は突いたのだ。


 ――制裁マッチは終わっていないぞ。お前は、まだ自分で証明した訳じゃない。


 それは口から出任でまかせというもので、もう孝介に制裁マッチを組む事は難しい。仁和と孝介は、矢矯がいずとも生き残れる事を証明したし、矢矯を平らげられる百識を探すのは骨だ。


 やぶをつついて蛇を出す事もない――それが今の舞台関係者の判断であるが、孝介が自発的に昇るといい出せば拒否する事はない。


 だから小川は、昇ると自分でいわせようとした。その言葉を引き出すためには、口から出任せであっても構わない。


 ――方便だ。


 これを方便といって良いのか悪いのか、小川は良いと判断している。


 ――そもそも君みたいなんじゃ無理か。


 目的のためならば手段は肯定されるというのが、小川と石井の考え方だ。


 特に孝介のような相手に対しては。


 ――弦葉つるば陽大あきひろは、弓削ゆげ わたるの教えから自分の武器を手に入れたが、君は……。


 陽大は弓削の教えから、対数螺旋たいすうらせんを利用した必殺の一撃を手に入れたが、孝介にはない――これ以上、ない一言だ。


 矢矯と姉への負い目、年の近い陽大への嫉妬といった感情は、調べれば分かる。小川とて世話人だ。


 その一言が、孝介の中で何かを決壊させた。


 ――出てやる……!


 一人で十分だといってしまったのは、今、孝介が手にしたの存在もあった。


 遂に完成した超硬金属で作られた剣。


 しかし、その剣に対し、小川が浴びせたのは……、


 ――その剣で? ベクターとお揃いの剣なんて、使えるのか?


 嘲笑だった。ベクターが恐るべき遣い手である事は、認められないならば世話人などできない。《導》に比べれば「ないよりはマシ」程度にはなるが、それでも認められなければ、無駄に自分の駒をすり減らせていくだけになる。ただし、それも矢矯が持っていればの話。


 ――ベクター程、巧みに使えるのか? あ、いやいや、言っちゃったな。ごめんごめん。


 小川は大袈裟な身振り手振りつきで、芝居かがった後退の仕方だった。


 ――コピーだもんな。使えるな。


 余計な一言を積み重ねていく。





 そして今だ。


 自分が最初に戦った日と同じ、狭い地下の廊下だ。


 カツンカツンと嫌な響き方をする廊下を歩き、スポットライトに照らされた舞台へと上がる。花道を照らしている光が青い。


 先に上がるのは久しぶりだった。


 孝介が舞台の上から見下ろすのは女。



 石井だ。



 自らが作り上げた神器名剣を持ち、孝介を待ち構えていた。


 ――見窄みすぼらしい剣ね。


 孝介の剣を一瞥して。

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