第11話「子供の仕業」
コンディトライの営業時間が午後9時までであるから、
来客のピークは午後4時半から6時と言う所か。
しかし、その日はピークの時間であるが、店を閉める事になってしまう。
「?」
来客が一段落した所で、ふと上げた乙矢の視界に、慌てて姿を消そうとする
「
慌てて席を立ち、個室のドアを開ける乙矢だったが、声をかけたのはパーティションで区切っている休憩スペースにいた真弓だった。
「待って待って、どうしたの?」
逃げるように走り去らなくてもいいじゃないかと、手を伸ばす真弓だったが、基の手を掴む事はできなかった。
真弓の頭にフラッシュバックしたのは、基と初めて出会ったコンビニの光景だった。
あの時、基の手を掴んだ感触が、真弓の手を止めさせていた。
「自分で話すまで、聞かないわよ」
真弓の気持ちを代弁し、乙矢が言葉で基の背を打った。
「……!」
衝撃は伴わないが、圧を感じる声に、基はビクッと背を震わせた。
察してくればかりで自分から何も言おうとしない――それこそ基が直さなければならない点だ。
しかし振り向く基は、言葉を口にできなかった。
――助けて下さい。
それを言えばいいと思えなかったからだ。
――もう十分、乙矢さんも
そもそも基がここへ来てしまった理由は、こんな精神状態で家に帰れなかったからだ。
両親に、いじめの事実を知らせられない。
何より今回は、濡れ衣とは言え、担任への犯罪行為が含まれている。
――それに乙矢さんと久保居さんを巻き込むの?
できるはずがなかった。
「あの、ごめんなさい! 今日は――」
自分で何とかする、と腹を括る。括れなくとも括るのが、今、基が乙矢と真弓に見せたい姿だ。
「中、入りなよ。お茶を用意するから」
乙矢が水を向けたのは、基の心中を察し、その姿に決意を見たからだ。
入り口のドアに「急用により、勝手ながら本日は閉店しました」と札を掛けた乙矢は、普段、客を迎えるテーブルに三人で着いた。
こう言う場合、一度でも話し始めれば止まらないが、口を開かせるまでに時間がかかる。
ただ、そこは占い師を生業にしている乙矢だ。
話させる術は心得ている。
「……先生の給食に、何か入れた……。それで先生がブチ切れて、しかも鳥打くんに濡れ衣を着せた」
聞いていた乙矢は、どこから話していこうかと首を傾げさせられていた。
――鳥打くんが一番、気にしてるのは何?
そこから話すのがいいだろう。
「あのね」
しかし話し始めたのは、乙矢よりも真弓が早かった。
「先生の事は、濡れ衣だって証明できるかもよ。それを証明したら、お父さんやお母さんには心配かからないよ」
そここそ基が最も気にしている事だと見抜けたのは、真弓も伊達に乙矢と付き合いを持っている訳ではないからだ。
「え?」
意外そうな顔をしている基に、真弓は「任せて」とウィンクして見せた。
「葉月さん、パソコン、借りられます?」
「……どうぞ」
安物のノートパソコンしかないが、と乙矢がテーブルに載せると、真弓は「十分、十分」と慣れた手付きで操作していく。
「こう言う犯人って、絶対、自己顕示欲があるものでしょ?」
目だけを向けてきた真弓に、乙矢は「そうね」と頷いた。
「昔から武勇伝を語らずにはいられない子がやるわね」
基に濡れ衣を着せた事を、嬉々として語っているはずだ。
「昔は、精々、仲間内で話すくらいだったんでしょうけど、今なら間違いなくネットに書き込みますよ。特に、学校裏サイトとか」
そこに証拠があるはずだ、と真弓はキーボードとマウスを操作していく。
「でも、裏サイトって、そう簡単に見つからないし、見つかっても、それがバレたらすぐに移転するんじゃ……?」
基の心配も尤もだが、それは真弓も考え済みだ。
「だから検索して、全部、追いかけるの」
真弓が立ち上げた検索サイトは、どれも基も乙矢も知らないものばかりだった。
「メジャーな検索エンジンは、全てブロックしてるんだろうけど……ね」
フッと笑う真弓は、タブの一つを指差し、
「例えば、それはエストニアの検索エンジン。エストニアって小さな国なんだけど、IT大国。無料通話アプリとか、ここが発祥だったりするの。あと、このアメリカのネプチューンって小さな街。ここも、画期的なストリーミング技術が開発された所で、こう言う所は、日本での知名度が低いけれど、抜群の性能がある……と、ほら!」
画面に表示されたのは、「松嶋小学校裏サイト」――基の通う小学校だ。
「はい、出て来た」
簡単だったねといいながら操作する真弓であるが、裏サイトの色使いには
「全く……」
目がチカチカすると毒突きながら、真弓の操作は続く。
「案の定、あったわね」
乙矢が先に記事を見つけた。
――無能な
分かり易い犯行声明だ。
「でも、これも僕の書き込みだって言われたら……」
証拠も何もないと言う基は、またアンケートでも取られれば濡れ衣を着せられるだけだと言う。
しかし、それを晴らすために動いているのだから、真弓に抜かりはない。
「ここで、バッファオーバーフローを利用してやれば――」
キーボードに指を走らせ、最後に勢いよくEnterキーを叩く。
「はい、乗っ取れた。しかもこれ、出るよ、無罪判決」
真弓が指すアルファベットの文字列は、また乙矢も基も顔を見合わせさせられた。
「無警戒にも程があるってレベルでしょ。IPアドレスもリファラーもエージェントもダダ漏れ」
真弓は溜息を吐きながら、
「鳥打くん、スマホなんて持ってる?」
「持ってません」
「なら、犯行声明を書く事は無理。この犯行声明はスマートフォンで書き込まれてる。勿論、偽装もできるけれど、次にIPアドレス。これは携帯電話会社の正規のIPアドレス。同じ人の情報を抜き出していくと、……プロバイダーはセット割りかな?」
真弓は情報を保存しながら、くるりと乙矢を振り向いた。
「冤罪確定。葉月さん、情報開示させられない? させられたら、これで全て解決なんだけど」
「それと、私が明日、鳥打くんの学校についていくわ。それで、鳥打くんの叔母って事で、先生方と話してみようと思う。こんな分かり易い冤罪なんて」
乙矢はもう一度、溜息を吐いた。
「それでもいい? 鳥打くん?」
任せてもらえるか、と乙矢が訊ねた。
「あ……あ……」
事が大きくなってしまう恐怖が、基の中で渦を巻いていた。基が部外者に話を持っていき、暴かなくてもいい真実を暴いてしまうと、今まで以上に激しいイジメが待っているかも知れない。この事件を画策した女子たちは罰せられるが、繋がりのあるグループが存在しているのだから。
――もっと、酷いことが……。
それは耐え難い恐怖だ。
しかし、ここで話を断ればどうなるかを考えると、もっと恐ろしい事実が浮かんでしまう。
それを考えられたのも、乙矢が今日まで基に教えてくれたからだ。
自分が守りたい「家庭」が崩れ去ってしまう。
――戦うのが一番よ。
耳に蘇ってくる乙矢の言葉。
「ありがとうございます。お願いします」
乙矢ならば、穏便に済まなかったとしても、信用するに値する――基は、そう確信できた。
「なら、決まりね。明日は臨時休業」
乙矢はドアに掛けてある札を差し替えた。
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