第2話「瞼の君」

 あずさNegativeCorridorネガティブ・コリドーは、夢までコントロールするものでなかったのは確かだ。


 かいが見ている夢は偶然だ。



 子供の頃の夢、熱病から目覚め、体力の低下を気にしながら屋敷にいた頃、ふと出会った男の夢だ。



 六家りっけ二十三派にじゅうさんぱで男は軽く見られる。女でなければ当主になる資格がないのだから、男が生まれると他家へ入り婿するか、最初から自活する事を考えるしかない。


 六家二十三派には、先祖代々、築いてきた財産の管理会社があるのだが、そこの社員に一族の者はいない。


 そういう点でも男は不遇であり、会が知っている男は皆、どこか


 だが、その男は違った。


「あまり意味がない」


 男は会よりも10歳は年上だが、20歳もは離れていないくらいの年頃だった。


 意味がない――主語が隠されているが、当時も今も、会には主語が分かる。


百識ひゃくしきに……いえ、六家二十三派に意味がない?」


 男は、六家二十三派という存在を無意味だと断じているのだ。


 これは当時、幼児だった会にとっては驚くほかない。女は当主を目指し、男は他家の当主に選ばれるのを目指すのが常識であったからだ。


「金ならあるんだろう。財産管理会社が必要なくらい。だけど、それは一人だけのためにあるんだろ」


 その通りだ。


「当主の総取り」


 当主一人に全てを集中させるための血統崇拝、能力主義である。当主は全員、歴代当主の血を引くのだから、問われるのは実力のみ。敗者に渡すものはないという伝統だ。


「他はなし。当主争いに負けた百識が就職したという話も聞かない。今までもなかったんだから、これからもない。間違いなく」


 男のいう通りだと、会も思っているし、実際、自分が当主になったとしても、他者に何かを与えるという事はないと思っている。


「分割すると、代を追うごとに少なくなっていくからね。仕方がないね」


 それも、その通りだ。百識として高い純度を保つため、ありとあらゆるものを当主一人に集めている。


 悪い事ではない、問題はないと断じるのが、六家二十三派の女というもの。


「実際には、何もかもなくしたまま放り出される人ばっかりになる。どういう生活をしているのやら」


 男は、寧ろ悪い事の方が多いと思っていた――、ともいい切れない。


「放り出された奴らは、どうやって生活するんだろうな。《導》なんて、何かの役に立つものじゃないのに」


 浮かべたのは嘲笑だったのだから。


「きっと何もない。人工島で、どうにかこうにか生きていくのかな?」


 そういって笑う姿を見た事を、会は憶えていた。


 今、夢で見ているものが一字一句、同じ言葉であるかどうかはわからないが、この顔だけは覚えている。


 そして次に出て来た言葉も、正確に覚えている。



「いっそ、なくなってしまってもいいのにな、六家二十三派なんて」



 聞いた時は、この男の口調に反発を覚えたものであるが、今ならば分かる。


 ――百識は社会に何も寄与しない。いてもいなくても同じ。


 今の会はこう思う。


 ――寧ろ、この人工島で道徳を場代にして小銭を稼ぐようなのしかいないのなら、滅んだ方がマシ……。


 そこまでいうのは、あの日、屋敷を出る会と梓へ向けられた姉妹の視線があったからだ。


「おい――」


 この男の会話が打ち切られたのも憶えていた。


「新家に関わるな」


 男の素性だ。


新家しんけ月派つきは――」


 今までの言葉は、それが理由だからかと納得したものだ。





「……」


 会は目を覚ました。


 いつの間にか寝ていたのではなく、梓の《導》だという事は自覚していた。


 ――よくなさそう。色々と。


 薬で無理に眠るようなものだと思ってしまう。


 とはいえ、夢まで梓の《導》だとは思っていない。


 思っていたなかったから、もう一つ思い出した事があった。


 ――この時だけじゃなくて、時々、会ってたような……?


 いつの間にか自分の周囲から姿を消していたし、幼なじみのお兄ちゃんというような存在でなかった事が記憶に残せなかった原因だ。


 そして新家月派の存在は知っている。鬼家きけ月派つきはの男が離脱して作ったという事から、皆が嫌っている事も。


 ――美代治みよじさんといったっけ?


 新家月派を作った月美代治は、会から見れば曾祖父母世代になるため、面識は当然、ない。


 夢に出て来た男は、年頃からいって美代治の孫辺りか。


「会様」


 梓の声がけは丁度いいタイミングだった。


「おはよう」


 ベッドから降り、ドアを開けた会の顔を見ると、梓はにっこり笑う。


「寝付きはよくなかったようですが、眠れたようですね」


 自分が《導》を使って寝かしつけた事はいわない。


「えェ、寝覚めもスッキリ」


 会も《導》を使われた事を指摘しなかった。


 別の事を訊ねたかったというのもあっての事だ。


「梓、新家月派ってわかるのよね?」


「……詳しいというほど、詳しくはないですよ。少々……です」


 梓の答えは歯切れの悪いものであるが、会にも唐突に出した質問だと思っている。


「どういう《導》のところ? 《導》が使えるのよね? 《方》しかないとか、そういうのじゃなく」


鬼神きしん招来しょうらいができるかどうかは知れません。身体強化と障壁の《方》が主です。《導》にまで高められているかも知れませんが……」


 梓は誤魔化した訳ではない。梓の知る限り、新家月派は表舞台に立っていない。


「舞台に上がっている百識がいるかどうかは、それこそ安土あづちさんにでも訊ねてみればわかるでしょう」


 舞台に上がっている可能性はあるのだから、安土に訊ねてみればと提案する梓だったが、会は手を振って打ち消した。


「そこまではしなくていいわ。大丈夫」


「そうですか」


 会がいいというのならば、梓も続ける言葉はなかった。


 ――身体強化と障壁……。


 会にとって重要なのは、そこだ。


 ――鬼神招来は、その二つの《導》を併せた性質を持ってる。


 夢に出て来た男と、繋がる。

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