第14話「泥沼に沈む、或いは前進」

「まーた休み始めた」


 空になっているはじめの席を見て、女子グループから不満そうな声があがった。


 とはいっても、何をすれば気に入るかと問われても答えなどない。



 基のする事なす事、全てが気に入らないからこそ、基は生け贄役に適任なのだ。



「いっちょ前に登校拒否って奴?」


 冗談っぽくいっても、笑えない冗談だった。リーダー格の女子は黙ったまま考え込むような表情を見せるだけだ。、


「あいつ、精一杯の抵抗なのかも」


 誰かからか、そんな言葉が出て来た。


「抵抗?」


 リーダー格が顔を上げる。


「何で、鳥打とりうちが抵抗なんてしなきゃいけないの?」


「は……?」


 この言葉には、取り巻きたちも言葉を失った。


「何でって……」


「だって、私たちは友達でしょう? 勿論、鳥打とも」


 リーダー格の女児は、スッと顎をしゃくるように一同の顔に視線を一巡させた。


「遊んであげてるだけ。そうでしょ?」


 さも当然だというような口調だった。


「それは……」


「そうだけど……」


 周囲の女児たちは互いに顔を見合わせ、困惑した表情を確認し合う事になる。口々に「楽しく遊んであげているだけ」といってきたが、それは半ば冗談だった。


「あんたたちは、違うの?」


 真顔でいわれると、全員、言い淀んでしまう。


「鳥打の事、どう思ってるの?}


 大人びた口調だったが、大人だから口にできたのではない。


 両親や教師の真似だ。


 真似であるが、女児には効果絶大だ。


「あんたたちが鳥打を友達だと思ってないんなら、これは問題。大きな、ね」


 リーダーは身を乗り出して言う――宣言する。


「鳥打は私たちの友達よ。いつも楽しく遊んでるだけ。冗談じゃないから。私は本気でそう思ってるんだから」


「わかってるわよ」


 取り巻きの返事はふて腐れたような返事だったが、いわせたのだからリーダー格の女児の思惑は成功だ。


「ならいい」


 わざとらしい程、鷹揚おうように頷いて見せた。



 言いたかったのは、ここからだ。



「でも、そう思ってない奴がいたら、どうする?」


「え?」


 もう一度、女児たちの視線はリーダーに集中した。


「どういう意味?」


「どういう意味もなにも、そのままの意味よ」


 リーダー格は、ふんと強く息を吐き出した。


「鳥打をいじめてる奴がいるって事よ」


「誰だっていうのよ!」


 今度は取り巻きが身を乗り出す番だった。


 リーダー格の女児は、もう一度、胸を反らし、当然だという口調でいった。



本筈もとはず聡子さとこ



「あのクソ女ァ!?」


 そういえばと教室の外に目を向ける取り巻きたち。


 聡子も今日は欠席だ。


「手下みたいに扱ってるじゃない」


 先日、聡子のクラスへ基が乗り込んでいった事件があったばかりだ。女児たちは知らない事であるが、聡子が基へ告げた言葉――「私の手下になって」と重なっていた。


「ところで――」


 そんな雰囲気の中、リーダー格の女児は机の中から出した。



 青地に白いラインが入った封筒だ。



「それ!」


 女児たちが飛びつくのに、間などなかった。





 清は娘や孫との雑談よりも、基の事を優先した。


 聡子たちに家の中で待つように告げた後、清は基を伴って庭に出ていた。


 ――広い……。


 周囲を見ながら、基はそう思った。南県の人口密度はベスト10には入らないが、それでも上位にある。これは自由宅扶助や公営住宅の拡充を図る以前からの事であると言うが、それでも清の自宅は十分な広さの庭を持つ、田舎ならではといった風だった。


「覚えてもらうのは、基本的な事からじゃ」


「基本ですね。それは、どんな?」


 何を教えてくれるのかと緊張した顔をする基だったが、清は「簡単じゃ」と前置きし、


「返事は、大きな声で一回、はい、という事」


 恐らく基でなかったら、こんな事をいわれればいぶかしげな顔をして黙ってしまっていただろう。ここへは聡子を守る手段を身に着けるために来ている。返事が大事な事とは思えない。


「はい」


 だが基は言われたとおり、ハッキリと返事をした。


「ほほッ」


 躊躇ためらいがなかった事は、清もいささか驚いた。


 しかし、それにはネガティブさはなく、新鮮な驚きだ。


 ――間違っていないようじゃ。


 清は自分の直感が正しかった事を確認した。集団行動、集団生活で、返事は重要だ。ハッキリと相手に聞こえる返事ができないならば、それは向いていないと言う事になる。それを知っているからか、それとも知らずとも大事と理解したのか、それは分からないが、基は言われたとおり実行した。


 自分がすべき事は清から生きる術を教わる事だ、と分かっているからだ。


 その理由に聡子がいるのは間違いない。


「本格的な修練を積む時間はないというから、実践的な《方》の使い方と、それを活かす攻撃技術を教えよう――」

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