第13話「誇りの報酬」
南県――。
人工島の舵取りを行った県であるが、規模はといえば「地方都市」を出ない。
総面積は約1900平方キロメートル。これは日本の0.5%に過ぎない数字だ。ただし可住地面積比は52.4%と、全国平均32.3%を大きく上回っている。
経済については、県都の卸売業販売額は2兆円オーバー。それは「地方では」と注釈がつくくらい大規模だ。その反面、小売業は6000億は、同じく「地方では」と注釈をつけても少額である。
そんな場所と人工島を繋いでいる中央道を、女医の軽自動車が聡子、基、安土を乗せて走っていた。
「お祖父ちゃんの家?」
後部座席から鏡越しに母親の顔を見ている聡子は、祖父の記憶はあまりない。南県へ来るのも久しぶりだった。人工島内では全てが島内で完結するため、南県にも北県にも行く必要がない。
「そう」
ハンドルを握っている女医からの返事は短い。説明する気がないのではなく、運転しながら話せる内容ではないからだ。
「……」
基も人工島外へ出た経験は少ないが、街並みへの興味は薄い。
基が気にしているのは、南県で自分が何をするかと言う事だ。
詳しく知っているのは安土だけだが、安土も窓の外へ目を向けたまま思案顔だった。
――お父さん……。
安土も父親と会うのは久しぶりだ。年末年始の挨拶もせず、年賀状ですら出していない。
顔を合わせるのは、抵抗があった。
――親不孝してたから……。
窓の外に現れる景色に、見覚えのある場所と変わってしまった場所を見つける度に、迷いが鎌首をもたげてしまう。
「……」
何も言わず、促しもしない女医は、妹の気持ちを感じ取っている。
空気は当然、重い。
「あ」
そんな空気を読んだのは基だった。
この空気を重いと感じているのは聡子だけだ。
守られる対象であるから当事者だが、「守られる」とは受動的になってしまう。皆ができる事を模索している時間は、どうしても蚊帳の外に感じてしまうものだ。
「どんなところへ行くんですか?」
基は自分のこれからを訊ねる事で、場の空気を変えようとした。
「……」
「……」
女医も安土も、鏡越しに後部座席へ視線を集中させた。
「聡子さんのお祖父さんの家です」
言葉を発したのは安土だった。
「お祖父さんは、割と百識の間では知られた名前なんです。そこで、鳥打くんを鍛えてもらいます」
フリースクールは偽りだったが、基の教育という一点だけは本当だ。
「百識……」
それが何か、基はわかっていない。真弓と乙矢がそうだとは聞いているが、その二人が何かを使うところを見た覚えは――、
「あ……乙矢さんの……」
「そう」
頷いた安土だったが、頭に浮かべていた事柄は全く違っていた。
――知仁武勇、御代の御宝。
安土が思い浮かべていたのは、スタジアムの上空からルゥウシェへ波動砲を放つ姿だった。乙矢が使うこれは実のところ、《方》か《導》か分からない。波動砲に使っている二本の大剣にも見えるレールは、安土が何もない空間から突然、出現させるし、弾も同様だ。しかし、それを《導》の証とは、乙矢が口にしない。
乙矢が自分の力を指して使う言葉は、「魔法」だった。
基が思い浮かべるのは、その「魔法」だ。
「おにぎりの具を、突然、変えられる?」
三瀬神社のピクニックでの事だった。
「は?」
思わず安土も間の抜けた声を上げてしまったが、その言葉こそが空気を一変させる。
「おにぎりの具?」
聡子が隣に座っている基を見遣る目には、重苦しい空気に呑まれている様子はない。
「うん。おにぎりの具が、僕の好きなものに変わるんだ。ちちんぷいぷい、ビビディ・バビディ・ブゥっていうと。何も入ってなかったはずなのに、オカカとかエビマヨとかになったんだ」
真弓が手を伸ばしたおにぎりは塩むすびだったのに、基が選ぶおにぎりは具入りだった事を思い出していた。
「エビマヨが、とっても美味しかった。乙矢さん、そういう魔法が使えるんだって」
「え? 何で?」
聞いた事がないと笑う聡子に、基は首を横にしか振れない。
「わかんない。わかんないけど、頑張った人には具入りのおにぎりが当たるようになってるって言ってたんだ。そういう魔法が使えるんだって」
楽しかったと基が笑みを浮かべると、聡子の顔にも笑みが戻る。
「今度、みんなで行こう。私、おかず作っていくから、おにぎり、作ってほしい」
「うん、頼んでみる」
こんな会話は、安土としては計算外だったかも知れない。基に話したかったのは、聡子の《導》で蘇った事により身についた感知の《方》を、より使いこなせるようになる修練が待っていると言いたかった。
しかし基と聡子の会話は、重要な意味を持つ。
「これが終わったら、みんなでピクニックに行こう」
これは切り抜け、生還する事を決意しているからこそ口にできる言葉だ。
「頼もしい」
運転席で女医が言った。
それと共に車が減速していく。
到着だ。
車が停まった家の前で、一人の老人が手を振っていた。
「お祖父ちゃん」
窓を開けた聡子が手を振り替えした。あまり思い出にはない祖父だが、自分の事を忘れていないと感じ取れた安心感は、祖父と聡子の距離を一気に詰めた。
「よう来た、よう来た」
満面の笑顔で近づいてくる祖父は、聡子と、その向こうにいる基へ目を向けていた。
「君が、鳥打くんじゃね? よろしく。聡子の祖父で、
聡子を避け、祖父・清が握手しようと手を伸ばしてくる。
「よろしくお願いします。鳥打 基です」
清と握手すると、基の背に《方》の気配が立ち上ってくる。
「……」
それを清も感じていた。
基の背に立ち上る《方》は感知だと見抜いたのは、清が安土の紹介した通り、百識として希有な力を持っているという事である。
そんな清から見て、基は――、
「強い子じゃ」
そう言い切れる少年だった。
「……」
基はなんと言っていいか分からなかったが、清は手を放し、改めて胸を張る。
「改めて……」
そして言う。
「聡子の祖父――、
山家本筈派。
六家二十三派の一つだ。
「君を百識にしてくれます」
安土の見立てに、間違いはない。
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