第12話「味方の編成」

 舵をどちらへ切るかの決断は難しくない。


 寧ろ簡単だ。



 聡子を守る――。



 それ以外に何があるというのか。


 ――しかし逃げるのは論外。


 乙矢は安土が現れた事で相乗効果を示していた。


 ―――隠すしかありません。


 安土の出した答えに、全員が頷いた。



 運営には逃げても執行する力があると言う事実以上に、10歳の少女が生活を一変させる事などあってはならないからだ。



 ――遅かれ早かれ、舞台に上げられる事は間違いありません。それを切り抜ける手段を考えなければ。


 安土だけでなく、大人たち全員の視線が基に集まった。


 ――鳥打くんに協力してもらう事になるわ。


 代表して告げた乙矢だったが、それだけで基が決意できたかどうかは分からない。


 基が決断するには、もう二人、必要だ。


 ――鳥打くん……大丈夫?


 真弓は床に膝を着き、基の顔を真っ直ぐ見ていた。


 ――鳥打くん。


 聡子も真弓がいるから近づけはしなかったが、基の顔を真っ直ぐに見ている。



 顔色を伺うような視線は一つもない。



 そんな状況で、基が出せる言葉は一つしかない。


 いや、出せるのではない。


 ――大丈夫です。やります!



 言いたい言葉だ。



 それには一つ、超えなければならない階段がある。





「フリースクール?」


 唐突に眼前へ現れただけに、基の母は目を白黒させるしかなかった。


 基は話を持ってきただけでなく、フリースクールを紹介するという体で安土も連れてきたのだから余計だ。


「フリースクールって……基、あんた、何があったの?」


 母には、フリースクールが様々に事情で学校へ行けない者が行く場所だ、という意識があった。基には縁のない場所のはずだ。


 基が必死に隠している事実は、母に「少しおかしい」くらいしか印象を残していなかった。


 ――厳しいですか?


 基の様子を伺う安土は、小難しい顔をさせられていた。



 母に現実と事実を突きつける事――これは基にとって荷が勝ちすぎた。



 今まで、この平和な家庭を侵食しないよう、基は必死で堪え、耐えてきたのだ。


 それを自らの手で崩さなければならない。


「今まで隠してたけど――」


 基は踏み出した。


「4年生になってから、僕はお母さんのお弁当を食べれてない。ずっと、毎朝、同級生に取られてた。僕が食べてたのは、毎日、踏ん付けられて潰された、あんパンだけだった」


 震える声で話す基だが、母親はもっと震えていた。


 ――無断外泊があったのは、それで?


 思い出せば思い出す程、基の行動に不審なが浮かび上がり、で繋がっていくではないか。


「だけど!」


 その様子に基は声を慌てさせた。こんな姿を見たくなかったから、今まで必死に隠していたのだ。


「学校に行けないって訳じゃないんだよ。友達も……少ないけどいるんだ。でも、その友達の事なんだ」


「……友達?」


「うん」


 頷く基は、言葉を出す前に一度、唾を飲み込んだ。口の中はカラカラに乾いていたが、それを自覚できていなかった。


 聡子の名は――、その名前の主が原因でフリースクールに通うとは言わない。


 そもそも聡子のせいでこうなったのではない。


「大事な友達なんだ。僕は、その友達のために、自分ができる事を増やしたいんだ。その勉強は、学校じゃできない」


 聡子のためになれる自分になりたいのだ。


「……」


 息子の言葉を、母はどう思って聞いていただろうか?


 理屈は幼稚だ。


 聞きようによっては、サボる口実を口にしているだけのようにも聞こえるし、また聡子の存在が基に悪影響を及ぼしているようにも聞こえる。


「あの――」


 安土が助け船を出そうとしたのは、そんな雰囲気を感じたが故だった。実際にはフリースクールなど用意していないが、説得するだけの資料は用意してある。それを出せばいいが――、


 安土の言葉は、必要とされなかった。


「そっか……」


 少し長めの溜息を吐く母親は、基の母だ。



 息子が必死になって考えた事が、サボる口実であろう筈がない。



「話を聞かせてもらえますか?」


 母親の方から安土へ頭を下げた。


「はい」


 安土は笑みを見せ、持ってきていた資料を出す。


「場所は南県なんけんです」


 パンフレットはでっち上げだが、場所だけは真実だ。



 南県――聡子の祖父が住む場所でもある。

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