第20話「独楽の如く――4対7」

 百識ひゃくしきの《導》や《方》は数値化しがたいものがあるのだが、電装剣でんそうけんに限っていえば数値化が可能だ。



 無限大だ。



 物質として存在しているならば、あらゆるものを切断、貫通させる事ができる電装剣は、防御する手段がない。


「距離を取って戦う事だけ。しかし、お前たちには《導》がない。もう逃げるしかないぞ!」


 嘲笑い、そして自身が持つ黄色い刃を見せつけるように翳す明津あくつ


 はじめも同様に電装剣を持っているのだから対抗手段にはなり得るのだが、明津は気にしない。


「電装剣を自在に操るには、経験が必要。それを下支えするのは、何物にも代えられない才能なのだ!」


 昨日今日、手に入れた、しかも《導》と併用しようとすれば数分しか保たない基の電装剣など、怖れるに足りない。


鳥打とりうち君は下がっていて下さい」


 ペテルが前に出た。


 ――確かに、電装剣は使いこなす事が難しい! 鳥打君では経験不足なのも確か!


 ただ振り回しているだけでは自分の身体を傷つけてしまいかねない武器である事は、ペテルも知っている。


 練習も必要であるし、基に不足していると把握できている。



 しかし何より基に不足しているのは、修練ではなく、矢矯やはぎと同じレベルの感知がない事だ。



 ――守らなければ!


 ペテルを突き動かしたのは衝動だった。ペテルとカミーラに与えられた命は、聡子さとこの《導》によるもの。落ち着いて見えるペテルも、その実、年齢は聡子よりも下だ。


 事態を打開できる策を生み出せる頭はない。


「はんッ」


 明津は笑いながら電装剣を脇に構えた。


「命を賭ければ守り切れると思ったか?」


 ペテルの長身を見遣る明津は、口の端を吊り上げた。


 しかし漏れてくるのは笑い声ではなく歯軋りだ。


 脇に構えるという事は、視界の外へ電装剣の刃を出さなければならない。


 ――黙れ、ベクター!


 そうなって思い出すのは、一敗地いっぱいちにまみれる事となった矢矯との戦いだ。明津にも感知の《方》はない。故に電装剣の刃は、常に視界に捉え続けていなければならなかった。それに対し、矢矯の感知は相当、高いレベルにある。実体のない電装剣の刃を、それこそミリ単位、ナノ単位で把握していたはずだ。


 視界から刃を出してしまう恐怖に、明津は矢矯から受けた屈辱を思い出さずにはいられなかった。


「命を賭ける事は最前提。それでも必死の者は止められないものだ。そして守りは、勝利に繋がる手段がある時以外、意味などない!」


 殊更、ペテルへ挑発を重ねるのも、そのためだ。


 下手を打とうとしているペテルの無知を突く事で、精神的な優位を保とうとしている。


「……」


 ペテルは何もいわない。事実だからだ。今からやるのは時間稼ぎとはいえない。基にも一発逆転の策など、そう簡単には出てこない。カミーラとて同じだ。


 悪あがきだ。


 ペテルの目、カミーラの爪が奪われた時点で、こちらの主力武器は失われたのだから。


 その事実が明津に優越感を与え、また矢矯を倒すべく磨いた腕を振るいたいと思わせる。


 ――独楽だ。独楽は中心が安定しているからこそ、倒れず、安定して回転していられる。剣もまた同じ。


 脇に構えた電装剣を振り抜く。居合いをイメージした一撃だった。


 ――当たらない!


 だが居合いではないとペテルは見抜いた。知能は兎も角、知識はある。ペテルは執事然とした佇まいが求められていると自覚しているのだから、ありとあらゆる知識を吸収した。


「それは食らってあげられませんな!」


 膝下の柔軟な筋肉にものを言わせて立ち止まる。フェイントも混ぜているため、明津の腕では切っ先を変化させるような事はできなかった。


 ――居合いは、独楽こまのように回転すれば良いというよなものではありません。右の抜きと同じく、左の引きが必要。折り畳んだ状態から身体を開く勢いを利用して加速させる事が、要諦の一つにある!


 独楽をイメージし、身体の中心に一本しか軸を置かなかった明津の技は、ただ振り回しただけだ。


 急ブレーキから急加速を――、


「!?」


 反撃に移ろうとした一瞬、ペテルは顔面の左側に強烈な衝撃を受けた。


 その一撃は、明津が左手に持っていた鞘の一撃。


「食らっていただけたようですね」


 明津の挑発が投げつけられた。独楽のように回転したからこそ、その一撃が飛び出したのだ。


「抜刀術、剣閃けんせん双龍そうりゅう


「大仰な名前!」


 適当につけただけだろうがと、カミーラが地を蹴った。レイザークロウは失ったが、カミーラの戦闘力が完全に失われた訳ではない。ネコの如き俊敏さを誇るカミーラだ。


「ペテルが左目を潰されてなかったら、そんなスローモーション、当たるはずなかったのよ!」


 今回のように死角を突けなければ意味のない技だというのは、誹謗に過ぎない。


 そして誹謗を口にできる程、カミーラの立場はよくなかった。


「!?」


 跳躍からの蹴りを放とうとしていたカミーラは、地面を蹴った瞬間、滑るような感触で明後日の方向へ跳んでしまったからだ。


「重心だ! 重心!」


 明津が嘲笑う。


「独楽は中心に軸があるから、まっすぐのまま倒れずにいる。重心が安定しているからだ! それを体現した技に対し、無知を晒したな!」


 電装剣を振り上げ、明津がカミーラに視線を走らせた。腕一本を失うという事は、いきなり10キロ以上の重さが身体から失われた事になる。そのために変化してしまった重心は、カミーラの感覚を大きく狂わせていたのだ。


「!?」


 床に這いつくばっているカミーラだが、感覚の失調をねじ伏せるかのような顰めっ面を見せ、四つん這いで――左手と両足しかないが――明津の方を向き直した。

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