第19話「超越できない生け贄役――4対7」

 花道を走りながら、はじめは身体に纏わり付くような感触が全くない衣装を思っていた。


 この衣装は安土あづちではなく乙矢おとやからもらった。もらった相手は違ったが、出所は同じだろう。《方》や《導》に対して防御力を有している。


 学生服を思わせる詰め襟に、制帽を思わせるマリンキャスケットだが、そこに黒い外套を加える事で書生のような雰囲気にしているのは、どちらかといえば真弓まゆみの趣味だろう。


 ――久保居くぼいさん、大好き……。


 それはあの夜、基がいえなかった言葉だ。切り刻まれ、届く事など絶対にない許しの言葉は口にできたのに、最も伝えなければならなかった言葉を口にできなかった。


 ――絶対に、負けちゃダメだ!


 走りながら心中で繰り返すのは、実質3敗しているからではない。



 真弓に死に様を見せられないからだ。



 後があろうとなかろうと、基には死ぬ訳にはいかない理由がある。自分の敗北は、真弓に対し、癒えない傷を残す。そして今ならば、自分に勇気を振り絞って声をかけてくれた聡子さとこの命まで散らせてしまう。


 だから勝利しかないが、思いつく限り全ての手段を行使しよう、とまでは考えられない。



 やはり基は男だった。



「行こう!」


 基がステージへ上がる寸前、ひらりとカミーラが人の姿になる。


「共に!」


 ペテルも。


 境界線を越える際は心情的にストップがかかるのだが、身体の方は止まらない。


 審判が陽大あきひろ仁和になを止めた地点まで駆け抜ける。


 カクテルレーザが明滅を止め、照明が戻され――、


「さぁ!」


 スタートの合図をしろとばかりに見得を切るカミーラ。


 ――どうせ、あんたたちから観たら、私や鳥打くんはゾンビなんでしょ?


 カミーラは観客席へと嘲笑するような視線を向けていた。この三人は聡子が《方》で命を与えた存在だと明言している。その三人だけが現れたのだ。


 ――ゾンビだけの登場……文句の一つも上がりますか? それとも人材が枯渇したのかと馬鹿にしますか?


 ペテルも視線を観客席へと向けていた。


 右目と色の違う左目は未来を見通す《方》が宿っているというが、それは視覚情報だけだ。観客席で起こる光景を見る事はできるが、その解釈はペテルの知識と意識でしなければならない。


 声は分からない。



 観客席からは、予想していた歓声も罵声もなかった。



「ペテル、カミーラ!」


 基が慌てた声を出したが、二人にできた事は振り返る事だけだった。


 振り向いた先で見たものは、走り来る明津あくつの姿だ。


「まだ合図の前でしょ!」


 目を白黒させるカミーラであったが、それはルールではない。



 審判は開始と終了を告げているが、告げているだけで拘束していないのだ!



「アホが!」


 明津の手が翻る。飾りに過ぎない鞘から柄を取り外し、黄色い閃光が翻る。


 ペテルは見た最後の未来は、自身の左目を切り裂く明津の電装剣だった。


「!?」


 焼け付くような激痛が走ったが、蹈鞴たたらを踏んで持ち堪える。下がったのは半歩だけだ。


「ペテール!」


 カミーラが絶叫しながら、右手に宿る必殺のレイザークロウを発動させた。レイザークロウの原理も電装剣でんそうけんと同じだ。《方》を循環させる事で刃にしている。こちらも当たれば、物質としてこの世に存在しているものは全て切り捨てる。


 だがカミーラの手は、ペテルの目と揃ってこそ死角をなくす。


「その爪は必ず弧を描く! 直線はない!」


 明津はひらりと跳躍し、カミーラのレイザークロウを飛び越えた。矢矯には及ばないとしても、その身のこなしは六家二十三派と連んでいる百識だ。鈍いとは間違ってもいえない。


 そして跳躍から、電装剣を真っ直ぐ振り下ろす。電装剣の刃は扱う者の質を表すといい、黄色は勇猛、猛烈、才気を表すのだから、明津は劣等ではない。


剣閃けんせん龍降りゅうこう


 その一撃は身をよじって逃れようとしたカミーラの右腕を切り飛ばした。


「ッ」


 脳天に一撃食らうような事こそなかったが、これでカミーラは唯一にして最大の武器を失った事になる。


「離れなさい!」


 矢矯にも放った連続攻撃へと繋げようとする明津へ、ペテルが前蹴りを放った。


「ふんッ」


 その前蹴りを、明津は自ら後ろへ飛ぶ事で威力を殺す。クリーンヒットすれば、致命傷とはいわずとも相当なダメージになっていたであろうが、その威力を分散させる体術を身に着けていた。


「残念だったね」


 着地と同時に明津は笑った。この舞台はスポーツではない。審判が存在している理由は不意打ちの防止であるが、厳密に禁止する気があるならば、もっと様々な手段が講じられているはずだ。



 観客が沸く事こそが正解だ。



「カミーラ、ペテル……」


 基が目を白黒させた。基とて電装剣を持ち、また相手の動きを封じてしまう手段を身に着けているのだから、同じ行動がすればよかった。なのにできなかったのは、基はやはり男だったからだ。



 どれ程の状況であろうとも、卑怯と後ろ指を指される行動ができない。



 ――無視していいなんて、思いつかなかった!


 教師のいう事を絶対だと思ってしまうが故に生け贄役に選ばれた。


 この場で審判といえば、教師と同様だ。


「残念だったね」


 また明津が繰り返した。

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