第3戦

第18話「快男児の出立――4対7」

 矢矯やはぎが市立病院へ緊急搬送されたため来られないという最悪の知らせは、当然、安土あづち陣営に衝撃を走らせた。


「3敗目……」


 流石に安土も顔を青くした。正確にいうならば矢矯は不戦敗が決定した訳ではないため3敗が確定した訳ではないが、由々しき事態だ。


 弓削ゆげ乙矢おとや矢矯やはぎが3勝するという目論見も崩れる。


 ――2勝が必要ですか。


 残された神名かなはじめ孝介こうすけ真弓まゆみへ目を向ける安土は、苦い顔をさせられる。この4名で2勝しなければならない。神名が若干、強いが、絶対的かといわれれば首を傾げてしまう。


 ――内竹うちだけさんも、アヤやルゥウシェに勝てますか?


 安土が考え込まされる。小川側に残されている駒で、力が劣る明津あくつならば或いは、と思うが、明津は明津でラッキーパンチを生み出しかねない電装剣でんそうけんという危険な武器を使う。


 ――明津相手に1勝を拾っても、あと1勝は六家りっけ二十三派にじゅうさんぱから奪わなければならないんですよね。


 ルゥウシェ、とも、アヤの3人から確実に1勝を奪える組み合わせは、もうない。呪詛に冒されている孝介、体格で劣る基は元より、真弓も不安がある。


「弓削さん、今、どこですか?」


 そんな状況であるから、神名も堪らず弓削へ電話をかけた。後がない状況だ。


「まだ高速にも乗れてない。国道が動きゃしないんだ」


 神名の声も相当、苛立っていただろうが、弓削の声も負けず劣らず苛立っていた。


 GPSを起動させて確かめた弓削の位置は、まだ北県の中程だ。


「1時間は確実にかかります」


 神名が繭をハの字にさせられていた。


「いい?」


 乙矢が手を挙げた。


「次、こちらが後から決められるんでしょう? 次が勝負を決めに来ようとして、六家二十三派の3人を出してきたら、私が行く」


 乙矢の声には、絶対に1勝を掴んでくる、という強い意志がある。


「もし勝てたら、そのまま弓削さんを迎えに行ってくるから、何とか勝ちを繋いでいて。最終的に、弓削さんを投入して逃げ切り。いい?」


「迎えに行く、ですか?」


 安土が聞き返すと、乙矢は「そう」と頷いた。


 それで真弓が思い出した。


「あ、葉月さんの魔法なら、瞬間移動とか何か、そういうのができる?」


「ただ、私だってここから堂々と出て行くなんて事はできないし、弓削さんの車ごと、この場に呼び寄せる訳にはいかないから、ちょっと考えないとダメだけれど」


 不可能ではないならば、一も二もない。


「それで行っていただけますか?」


 安土は飛びついた。


「OK」


 乙矢は指で丸を作った。


「もし明津だったら、そのまま行く。その時は――」


 乙矢がいい切る時間はなかった。


 照明が落ち、青いカクテルレーザが乱舞し始める。


 流れてくるのは、ハイテンションなJ-POP――いや、アニメソング調の曲だ。


 皆の目が向く花道を歩いてくるのは、黒いスラックスに同じく黒の立て襟上着をまとった男、明津。


「明津ね」


 乙矢は一瞥すると、他の面々へ目を向けた。


「私は弓削さんを、何とかして短時間でここへ連れてくるから、時間と勝ちを稼いで」


 明津が容易い相手とはいい切れないが、ここで乙矢を投入してしまうには勿体ない相手だ。


「なら――」


 真弓が手を挙げようとするが、それを掴む手があった。


「僕が行きます」



 基だ。



「僕にも電装剣があります。条件は互角です」


 対抗できる武器を持っているというのが一つ。


 もう一つは、基が持っている鞄から出て来た。


「私達もいますから」


 顔を出したのはクマのぬいぐるみの姿を取っているペテル。


「こっちはぬいぐるみが聡子さとこさんの《導》で動き出しただけの、武器ですからね」


 ネコのカミーラもいる。


「実質、3対1で戦えるんだから、何とかなります」


 基は断言するが、自信が漲っているというような事はない。


 だが乙矢は、真弓の手を掴んだ基の手に自分の手も合わせ、


「任せた。きっと勝てるって思ってる」


 乙矢の手が二人の手を下ろさせる。


「じゃあ、行ってきます」


 乙矢は軽く手を叩くと、


「ちちんぷいぷい、ビビデ・バビデ・ブウ」


 言葉と共に、乙矢は自分の姿をした虚像をその場に残し、姿を消した。


「審判! こちらは――」


 安土の声と共に、基の頭上からスポットライトが照らした。その姿に、ステージ上の明津が目を細める。


 ――ああ、同じような服装なのか。


 明津の視線で、基が気付いた。基の衣装も、学生服を思わせる黒い詰め襟に、黒いトラウザースだ。違いは明津は前を開けてボーダーのシャツを露出させているのに対し、基はホックまで留めている事と、明津はローテクスニーカーだが基は革靴である事、後は基が被っているマリンキャスケット帽くらい。


 そして曲も、萌え系アニメソングではない。


 赤いカクテルレーザと共にスタジアムへ放たれるのは、インストゥルメンタル・ジャズだ。


「行きます!」


 基は宣言し、花道を走った。

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