第20話「雅に死角なし。孝介に死角あり」
――どうしても一拍、遅れる!
いや、計ろうとした。
それがズレる。
感知、念動、障壁が連動させられていないからだ。そもそも感知と念動の連動は完璧といって良いが、障壁に甘さがあった。そのズレこそ呪詛が暴れる間隙となり、呪詛の暴走は《方》の発動と完結を決定的に遅らせてしまう。
その遅れが、二度の負傷に繋がった。
これは
矢矯が孝介に叩き込んだ事は、後にも先にも回避しかないからだ。
掠り傷も致命傷も、傷には違いない。掠めたのは腕であり、身体の中心ではなく末端だから問題ないとはいうのは開き直りだ。しかも質の悪い方の。
首と手腕と同じように末端だが、掠めただけでも致命傷になるからだ。
腕や脇を掠めてただけで済んだのは運が良かっただけだ。そもそも脇とて、腕の付け根ならば動脈が通っている。
運の良さに頼っていては、未来など決まってしまう。
――死ぬ! 絶対、死ぬ!
孝介はギッと歯軋りし、緊張感を張り直し、集中力を高める。攻撃よりも回避、退避を優先する。
「だろうな!」
ランサーを振るいながら、
「これが、お前と私の差だ!」
綱渡りを繰り返すしか芸がない――雅はフンと強く鼻を鳴らした。矢矯の《方》は、指一本に至るまで、全て自分でコントロールしなければならない。だが本来、新家といえども《方》はパッケージ化、プログラム化されているものだ。細かなコントロールや連動は、全て自動で行われるようにする。
「パッケージ化できない《方》など、不完全の一言!」
ランサーを振りかぶる雅。もしパッケージ化されていれば、神名から回答をもらった時点で、石井の呪詛も押さえ込めていた。
だから殊更、大きく振りかぶった。首どころか胴体でも一刀両断にするつもりで振るう。
――いいや、隙だぞ!
それを孝介は隙だと断じた。《方》を切り替える度に、呪詛が全てを削ろうとしてくるが、大振りを見逃す事はない。
――そんな大振りなら、俺の突きの方が速い!
ソニックブレイブにせよ、My brave,Silver Moonも打ち下ろしであるから、孝介はそればかりを修練してきたと思われがちだが、矢矯も馬鹿ではない。
――修練の基本は打ち下ろしだが、攻撃の基本は突きだ。
人は10センチ斬り込めば致命傷を負うが、10センチもの傷を切り傷としてつける事は難しい。
逆に10センチ、刃を突き入れる事は難しくはない。
退く足を一歩に留め、その一歩で剣を水平に構え直す。
雅は溜めを作ろうと、背を向けそうな勢いで身体を捻っている。
――腕と胴の隙間だ!
全身鎧といえども、関節は継ぎ目だ。
傾斜装甲であるから角度には気を付けなければならないが、矢矯が発注してくれた超硬金属で作られた剣だ。
――貫ける!
利き腕を使用不能にし、戦闘不能にする――孝介が矢矯から受け取った必勝パターンだ。
確かに孝介の体捌きは正解だった。
回避と構えを取る行動が一致し、雅がランサーを振るうよりも剣を突き出す方が速い。
だが――、
「かかった!」
雅は鉄仮面の下で必勝の笑みを浮かべた。
孝介の身体を蝕む呪詛は、苦痛を与えるだけではなかった。
視野を歪め、あるべきモノを完全に失念させていたのだ。
雅が持っているランサーは、双刀身だった。
だが振りかぶった雅のランサーは片方にしか刃がない。
右は振りかぶっているが、左は……?
「ッ!」
呪詛が縛ったのは一瞬だが、接近戦に於いて一瞬は有り得ない程、長い。
息を呑まされた孝介が見たのは、分割したセンサーを持っている左だ。
その左は水平に構えられており、身体を捻って作った溜は、右のランサーを振るうためではなく、左のランサーを突き出すためだ。
それでも孝介は精一杯、目を見開き、雅を見据える。呪詛の暴走が止まり、感知、念動、障壁の連動が完璧になれば、自分の方が速いという思考を走らせながら。
――俺の突きは真っ直ぐだ!
最短距離を走るのだから、溜を作って軌道を弧にしてしまった雅の攻撃よりも速い、と確信に似た思考を持っていた。
だが感知が告げた。
――逃げろ!
今の思考は、願望だ。
この戦いから逃げたいという感情が願望となったのだから、願望が呼ぶのはギャンブルに縋る事だけだ。
確かに孝介の方が速かったかも知れない。
だがタイミングは相打ちだ。
「ッッッ!」
歯を食いしばったまま、孝介は攻撃よりも回避に入れた。間一髪に過ぎないが、間一髪で十分だった。
活路を見いだすのは前!
――右か左か決め、後は腹を括れ!
それはソニックブレイブの要諦であるが、孝介と仁和の理念でもある。
活路は常に前だ。
雅のランサーを潜り抜け、一気にステージの端まで駆け抜ける。
「甘いな!」
だが雅の声が聞こえたのは、耳元だ。
雅は孝介のトップスピードについてきたのだ!
――ありえない!
矢矯や弓削ならば兎も角、孝介は一瞬で自分の加速についてこれる新家がいるとは思っていなかった。
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