第21話「遅かりし的場孝介」

 追い付いた事にみやびは疑問など浮かべない。


 ――これこそが、私が作る新たな《導》の足がかりだ!


 背から放たれている燐光は、《方》で作った光球が光だった。



 光球を念動によって加速させて打ち出し、それをぶつけ合う事で砕き、衝撃を推進力に変えている。



「これが、パッケージ化された《方》の強さだ!」


 孝介こうすけを追跡しながら、雅はカッと灼熱化した言葉を吐き出した。念動と感知は基本的な《方》であり、それらを指して雅びは「表獣的な《方》だ」といった。雅も身に着けている《方》であり、それを利用して高速移動しているのだ。


 光球を念動で打ち出す際、極めて高い圧力で打ち出せば、《方》とはいえ偏る。


 偏った《方》の光球をぶつけ合う事で発生する衝撃は当然、圧力が高い。


 その反発力で飛ぶ――当然、身体に来る反発は念動力で消し、これをプログラム化、パッケージ化した《方》が、雅がいずれ《導》と呼ばれるまで高めると自慢するものだ。


「できまい」


 雅は言葉と共にランサーを振るう。


「反動を感知して消さなければならない。足の位置、手の位置を感知しながら、念動でアクションフィギュアよろしく動かさなければならない。何もかもが不完全」


 その通りだ。矢矯は、それらを自動的に行うよう調整する事ができなかった。そういう意味では、孝介も身に着けている使い古した身体強化の《方》に比べても、矢矯やはぎの《方》は劣っている。


「随分、高尚こうしょう高潔こうけつな《方》ですね、旦那!」


 おちょくるような言葉が出るのは、それだけの余裕があるからだ。


 孝介には余裕などない。


 ――確かに、俺じゃ追い付かれる可能性はあるけど……!


 孝介の焦りは、雅が悠々と追跡できている事に起因する。矢矯や弓削ゆげならば、間違いなく、それも悠々とついてくるだろうが、それは二人だからこそだと思っていた。孝介が身体操作で発揮できる最高速度は、時速にすれば100キロ超で、加速も一瞬だ。


 そのスピードを、孝介は百識随一だと思っていた。思い込んでいた。事実、ソニックブレイブのスピード自体には、誰も対応できなかったのだから。


 だが雅はできる。


 紀子みちこが頼みとした自分のスタイルを確立しているとは、この状態の事を指していた。


 ただし認めているのは、確立しているという点のみ。


 ――その程度で《導》とは片腹痛いけどね。


 具体的な事象にまで昇華したものを《導》というのだから、《方》で作った光球を高速で撃ち出すという方法も、《導》になどならないというのが紀子の見立てだ。


新家しんけ新家しんけ百識ひゃくしきと名乗っていても、その実、百識を名乗る一般人よ。精々、苦しめられる程度に苦しめろ」


 そういう紀子の姿は、胸部のみを覆うブレストプレートに、青を基調とし、随所に金糸を使ったドレスという衣装を身に着けているのだから、雅に勝利など期待していない。


 雅に望んでいるのは、孝介を半死半生に追い込む程度。


 その上で、最後は自らが乱入し、孝介を血祭りにあげ、その上でルゥウシェ。アヤの二人を斬った矢矯の乱入を待つつもりでいた。


 ――さぁ、早くしろ。


 紀子が向ける視線の先では、孝介が逃げている最中だった。


「結局の所、君の剣は静止していないと意味がない!」


 雅の攻撃は口撃を伴って孝介に向かっていく。


 そして正鵠せいこくている。


 ――クソッ!


 孝介は逃げる事と舌打ちする事しかできないのだから、その通りだと感じている。


 振り上げて振り下ろすだけというソニックブレイブは、純粋な攻撃手段だ。孝介の場合、どんな体勢でも発動させられる訳ではない。


 ソニックブレイブの延長上にあるMy Brave,Silver Moonは、もっと制約がある。互いに静止し、切っ先に意識を向けた時のみだ。


 互いに互いを追い掛けている状況では出せない。


「体勢を整える技術すら、教わっていない!」


 雅がランサーを振り上げた。


 ――誘い? 呼び込み?


 一瞬、そんな言葉が浮かんだが、孝介は飛び込めという直感に従った。


 踏み込む。この速さだけは、単純なスピード勝負ではない。雅は中途半端だといったが、運足法を学び、イメージする事ができる孝介は、未熟ではあっても身に着けている。


 踏み込み、肩口から体当たりを敢行する。


 雅が纏っているのは全身鎧とはいえ、衝撃を無にするような能力は備わっていない。寧ろスーパーアタック・インビジョンを繰り出す時のため、傾斜装甲から流線型へ変形する機構は、防御能力を犠牲にしている。


「……ッ!」


 悲鳴こそあげなかったが、雅は大きく体勢を崩した。


 ――今!


 今度は孝介が攻撃に転じる番だったが、やはり連動が完璧ではない。


 足がもつれた。


 それは攻撃の足を残せない事を示し、ならばソニックブレイブを放てる状態にはならない。


 次に取れる手は逃げる事だけだ。


「逃げたな」


 蹈鞴たたらを踏んで留まる雅は、鉄仮面の細いスリットから孝介の姿を捉え続けていた。


 孝介は間合いを広げ、剣を構えようとする所だった。


 体勢は……整ったかどうかは、微妙な所だ。


 ――いいや、斬り込む!


 しかし孝介は、整ったと判断した。剣の位置は大上段。利き足と軸足にも体重が均等に載っている。《方》の切り替えもできた。呪詛の影響があるといっても、あるのは一瞬だけだ。


 ――ソニックブレイブ!


 歯を食いしばり、感知と念動を最大化させ――、


「いいや、悪いぞ!」


 それを雅の怒声が遮った。


 雅は蹈鞴たたらを踏んで留まった状態でしかないが、スーパーアタック・インビジョンの時に起こす変形とは、また違った変形を鎧に起こさせる。


 肩の部分が跳ね上がる。


 露出するのは左右二対のレンズ。


「!?」


 目を奪われてしまった時、孝介のソニックブレイブは潰えた。


「ボルテックス!」


 雅の両肩から放たれるのは最大速度となった光球だ。

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