第22話「切り札アリ」

 みやびの肩に現れたレンズは、特に何かを発信するというものではない。



 その役割は焦点を結ぶ事。



 それを照準として、雅は《方》を放ったのだった。


 ――スピードだ。


 ボルテックスと名付けた必殺の《方》も、ブースタのように使用している背の光球と原理は同じだ。



 念動によって光球を打ち出す――雅の《方》は、徹頭徹尾てっとうてつび、これだけだ。



 ――超高速で打ち出す事により、固体に近い密度にする。


 雅のボルテックスが命中すれば必殺の威力を秘める理由は、それだ。固体や流体にできれば最高だが、それができれば《方》ではなく《導》となる。《方》も《導》も、源は血液中の極小タンパク質だといわれ、その原理は不明であるが、エネルギーに変える《方》は比較的容易いといわれる。事実、雅や孝介も、原理など知らないが、それを行っている。だが逆は無理だ。


 ――いいや、いずれ可能になる! する!


 だからこそ今、孝介を打ち砕くのだと目を見開く雅であったが、その必殺のボルテックスは孝介を外し、背後のフェンスで轟音を立てさせた。


 ――外れた!


 眩暈めまいを感じる孝介だが、意識と感覚は無事だった。超高速で飛来した《方》は、雅の狙い通り、固体に近い密度を持っていた。いわば砲弾が至近距離を通過したようなものなのだから、衝撃で脳震盪を起こされそうになる。


 孝介はではなく、と認識した。


 事実だ。


 身体操作で間に合わないスピードではなかったが、今のような連動が甘い状態では初見の回避は不可能だった。


 ――幸運!


 ソニックブレイブで斬り込む好機も失ったが、命は繋げた。


 だが幸運だと繰り返すばかりでは事態の打開はできない。


 ――近距離のスピードは、ほぼ互角。距離を置いたら、この攻撃か!


 孝介が歯軋りしながら分が悪いと感じているのは、自分が身に着けている攻撃は全て接近戦でしか使えない事。


 ――選択肢が狭まる!


 戦闘方法の汎用性が全く違うのだと感じれば、絶望は必然的だ。優劣を語る以前に、不利は絶対なのだから。そして絶対的な不利といえば、やはり身体を蝕んでいる呪詛だ。


 ――絶対的な不利が二つ!


 そう思えば、毒突きたくもなるというものだ。


「くっそォ!」


 だが言葉に意味などなく、孝介にできた事は間合いを詰めさせられる事だけなのだから、雅の手の内の中だ。


「フッ」


 鉄仮面の下で雅は嘲笑した。


 ランサーを分割し、左で受け、右で切り返す体勢を取る。


 ――できないだろうがね。


 受け太刀は避けるはずだ、と雅は確信していた。孝介の持つ剣は、タングステンカーバイトに軟鉄を蝋付けしたもの。それは防弾ガラスの構造とよく似ている。軟鉄の弾性を超え、変形させる程の衝撃が加われば、酷く容易く折れる代物だ。


 接近戦は雅にさせられたものであるから、必然的に雅が主導権を握る事になる。


 呪詛によって中断させられつつの回避であるから、孝介とて無傷では済まない。見栄えを重視しているとはいえ、雅のランサーとて刃物なのだから。


 縦横に振るう雅も、孝介の限界が近いと確信していた。


 その限界を見つけた。


「うぉりゃあ!」


 最初の攻撃と同じく、芝居がかったかけ声と共に放った雅の蹴りが、孝介の腹部を捉えた。


「ッ!」


 孝介の息が詰まる。衝撃と念動とがダメージを軽減させたが、反動までは殺しきれなかった。


 滑走させられるが、体勢だけは維持し、剣を握る手と両足で踏ん張る。


 倒れはしなかったが――、


「これで終わりだ」


 雅の声と鎧が稼働した音とが重なった。


 ――ボルテックス!


 光が集まっていく。


 それを切り裂いたのは――、


「目を開け!」


 その声を孝介が聞き間違うはずがなかった。



 矢矯やはぎの声だ。



 観客席にいる矢矯であるから、乱入はできない。


 苛立ち任せに座席を殴りながら飛ばした怒声だった。


 故に届いた。



 とは両目の事をいっているのではない。


 ここで声が届き、それを孝介が理解した事こそが僥倖ぎょうこうとなる。


 いや、僥倖――思いがけない幸運とはいえまい。


 どれだけ反発し合い、反目し合っても、理解し合える関係を築ける者同士を引き合わせるのが安土の仕事だ。


 ――そうか! 光よりは、どうやっても遅いな!


 呪詛によって引き起こされる連動のズレを修正し、孝介は両足に力を溜める。


 一瞬の溜めの後、雅のボルテックスが二度目の轟音を立てさせた。


 結果は……、


 ――避けた!


 今度は雅が外したのではなかった。


 孝介が避けた。


 ――そもそも狙いが甘いんだ! 肩にはまってるレンズは、焦点の位置を照準にするためだろう。でも、照星だけで照門がないから、厳密な狙撃ができない!


 その甘さ故に初弾は外れた。その甘さを規模でカバーしようとしているのだが、孝介はそれを上回った。



 矢矯が伝えたかった目とは行動の起点であり終点でもある感知だ。



 自分の戦い方ができなかったから負けたとは、スポーツでもよくいわれる。


 だが相手の好きにさせない行動を取るのが常識なのだから、できないのが最前提としてなければならない。


 特にこの舞台は、強い方が勝つのではなく、弱い方が負ける。


 勝因はなく、ただあるのは敗因のみ。


 ――探せばいくらでも出てくる!


 孝介は目を見開き、雅を捉える。一瞬で理解できる矢矯と的場姉弟の関係性を、雅は把握していなかった。これだけでもミスだ。


 付け込むならば、そこしかない。


 ――反撃だ!


 孝介が抱える絶対的な不安材料と同じだけのものが、雅にとてある。

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