第23話「斬れ」
急所はそれ故に簡単には突けない。
弱点とてそうだ。
長短を把握していない未熟者でなければ、そう簡単に付け込ませないものだ。
そして戦いとは常に、相手に得意な事をさせない。
では得意な事をさせてもらえない、弱点は突けない事が前提として存在する戦いとは、一体、何が決め手となるのか?
――言い訳だ。
――炎に対して水が強い、水に対して雷が強い……全て言い訳だ。
結果、「だから勝った」になるにしも「だから負けた」になるにしても、格付けに利用しやすい話だからだ。
それでいうならば、《方》しかないならば無属性という事になるし、矢矯や弓削のように接近戦しか挑めない者に対しては、ルゥウシェがいった通りの評価を下せる。
――物理上げて殴るしか能のない脳筋が。
そういっておけば、敗れた時の言い訳とて成り立つというものだ。
運が悪かった、と。
矢矯に斬られた事など、そういって敗因の分析などしていない。それはルゥウシェやバッシュだけでなく、アヤや那とて同じだ。
それらを考えると、今、眼前で展開されている雅と孝介の戦いなど、六家二十三派には関わりのない事なのだろう。
――走れ!
回避と退避を繰り返せ、と緊張感を張り直す。徹頭徹尾、危ない橋は渡らない。剣は防御にも向かないのだから、避けるか逃げるか、それだけだ。
それを徹底する事は、相手の動きを見るという事にも繋がる。観察を基本としなければ、避けるも逃げるも不可能だ。そして感知を行動の起点と終点にするという事は、それを徹底するという事でもある。
ならば気付く。
――強襲、突撃戦法しかない!
雅自身は至近距離ではランサーを振るい、距離を置いても、スーパーアタック・インビジョンで距離を詰める、ボルテックスによる砲撃もあると思っているが、現実には違う。
――スペックは高い。けど当てるのもスペック頼み!
ランサーを振るうにしても、そこに技術体系はない。振り回して牽制するといえば聞こえはいいが、本当に考えなしに振り回しているに過ぎない。
――特殊な攻撃、強大な火力。
孝介の脳裏に走る矢矯の言葉。雅は新家ながら強大な火力を有し、数々の特殊で多彩な攻撃方法を持っている。だが矢矯の言葉に従えば、それらに意味はない。
重要なのは二点。
――自分の感性を正確にトレースする事!
今、孝介が操っている感知。
――単一行動を確実に
どんな状態でも繰り出せる技術を持つ事だ。
――出せる!
雅の攻撃は概ね3種類。
接近戦でのランサー、中距離でのスーパーアタック・インビジョン、遠距離に至ればボルテックス。
その中で孝介は見出した。
相手の得意を疎外し、自分の力を発揮できる一点。
――強い方が勝つんじゃない。弱い方が負ける!
この一点を作ってしまった所に、雅の弱さがある。
――中近距離!
即ち4メートル程度の間合いだ。
ランサーで斬り込むには技量が足りない。
スーパーアタック・インビジョンを発動させるには近い。ボルテックスなど尚更、間合いの外だ。
孝介には、その距離を一足飛びに踏み込む力がある。それを可能にするのが、《方》による感知と念動による身体操作だ。時速100キロを超えるスピードを出す孝介の踏み込みは、4メートルならば10分の1秒だ。技術系統のない雅は、この時間でランサーかスーパーアタック・インビジョンか、対抗手段を選択しなければならない。
雅はソニックブレイブも静止してからでなければ使えないというだろう。
――溜める静止は一瞬だ!
だが雅のいう程の時間は必要ない。
研ぎ澄まされていく孝介の感知が、あらゆるものを吸収していく。
この段階に来て、孝介は自分の身体を駆け巡る呪詛の動きを把握した。
「スポーツじゃないんだ。戦ってる内に鍛えられて、強くなる何て事はない!」
孝介の思考を読んだかのように、雅が言葉を向けた。
戦闘はスポーツとは違うというのは、その通りだろう。
ただし戦場ならば、だ。
訓練された兵士が銃弾を交差させる戦場ならば。戦場で兵士が強くなる事は有り得ない。技術体系が確立されている兵士なのだから、それを研ぎ澄ませていく事を訓練といい、訓練すらも確立させた手段として存在している。
だが雅に限らず、百識に確立された訓練は存在せず、技術体系を持つ百識も希だ。
だから孝介は今、感知の使い方を吸収しているのだ。
弱める信号、止めてしまう信号、通過させる信号――その全てを掴んだ。
――4メートル!
間合いを計り、雅の攻撃を読み、その空間に飛び込む。
雅が迷った瞬間、孝介は構えを完成させた。
「我が刃――」
雅を視界に捉える。
「極限まで研ぎ澄ませれば――」
孝介の声は雅が選択する一助となったが、一度でも迷えば間に合わない。
「断ち切れぬものなど、ない!」
スーパーアタック・インビジョンだと選択した雅だったが、それを発動させる前に孝介の身体が一気に加速した。
「ソニックブレイブ!」
雅の《方》が光球を作るが、そこまでだった。
孝介の振り下ろした剣は、雅の左足を切り飛ばしていた。
「ッ!」
本当ならばがに股に構えている雅の左手と左足とを切り飛ばすつもりだったのだが、矢矯のようにはいかない。
踏み込みの勢いそのままに駆け抜け、弧を描いて反転させるが――、
「おおおお……」
低くうなり声を上げている雅は、孝介の予想に反し、倒れていなかった。
そして間合いは忠勤距離ではなくなっている。
遠距離は、雅が持つ最大の攻撃ができる距離だ。
その上、今、展開するのは肩ばかりではない。両肩の他にも、両腕、また腰部の左右も展開し、レンズが現れる。
「これが、俺の最大のボルテックスだ!」
最大展開だ、と雅の怒声が響く。
しかし、その怒声が孝介の選択を選ばせる一助になってしまうのは、お互いの立場が逆転した形だ。
――行け!
徹頭徹尾、逃げろと心得ていた孝介だったが、全方位へ無差別攻撃されたのでは逃げられないと感じれば、逃げるよりも攻撃に転じる。
雅は絶望しろと思ったのだろう。
――遠距離、それがどうした!
しかし、この状況では絶望しない。全方位に向け、強力な攻撃が放たれる状況を、孝介は知っている。それを切り抜けた男がいる。
――ベクターさんは、バッシュの《導》も、ルゥウシェの《導》も、真正面から行った!
矢矯に比べれば未熟な《方》だが、雅とて六家二十三派に比べれば未熟なのだ、と高を括った。
もう一度、加速する。雅の目が向いている事を感じ取った事も、ここに勝機が生まれる切っ掛けとなる。
――外せ!
視線の向きを感知した孝介の動きは、この状況では自殺行為になりかねないものになっていた。
弧を描いたのだ。
当然、最短距離ではなくなるが、雅の視界から外れるという一点にだけは有効だった。
それは孝介が一度だけみた陽大の動き、即ち対数螺旋の動きだ。
「!?」
孝介が視界から消えた事は、無差別で放とうとしていた雅にも一瞬、息を呑まされる瞬間が来てしまう。
視界から消えようとも知った事か、無駄だといえなかった事が、雅の敗因だ。
そして全方位に放とうとも、自爆ではないのだから雅と接する距離には安全圏がある。
「チッ」
雅を見下ろしている
二度目のソニックブレイブが、雅の《方》が散らす緑の燐光と共に血の花弁を舞わせた。
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