第19話「驚異の新家」

 体調が万全でない事を自覚しつつも、それはそれと思うしかない事を、孝介こうすけは覚悟していた。舞台の日程がどう決まっているのかは知らないが、世話人同士の綱引きで決まる訳ではない事は知っている。安土あづちが最初から関わっていてくれたのならば兎も角、安土を通さずに小川のコントロール下で石井と戦い、それを引き継いだ紀子みちこに操られているのだから、この戦いは自分が最も弱っているタイミングを見計らって行われる。


 神名かなの施した障壁から、全ての信号を止めてしまうのではなく、減衰させるだけで留めるのが正解だと学んだが、そんな単純な事を思いつかないくらいに追い詰められた状態だ。


 今もズキズキと鈍痛が響くような感覚に陥っている。


 それでも立っていられるのは、安土が修復してくれた師・矢矯やはぎの存在がある。


 ――いてくれている。


 視線を向ける先に、矢矯と姉の姿があった。流石に乱入などされては堪らないため、衣装も武器も持っていないが、この場にいる、孝介を見守ってくれているだけで十分なのは、陽大あきひろが初戦で両親の姿を見た事と同じだ。


 ――見くれている。それでいい。


 それが簡単でない事は知っている。


 視線を巡らせると、陽大と神名もいる。こちらも平服であるから、乱入はできない。


 これを余裕がないと見るかどうかは、人によるのだろう。


 舞台関係者は――特に、今回の舞台を仕切っている紀子は余裕などないと見るはずだ。


 ――誰も守れない。必勝の布陣だろ。


 隙はないと紀子は思っている。雅は新家であるが、確立したスタイルを持つ百識ひゃくしき――矢矯や弓削ゆげと同等だ。孝介には、そのスタイルがない。ソニックブレイブにせよ、My Brave,Silver Moonにせよ、出せば当たる無敵の技とは言い難く、それに繋げる技術的な系統もない。


 体調を最悪にしてしまった孝介は、自分の持てるアドバンテージを全て放棄した、というのが紀子の見立てだった。


 そんな紀子の眼前を、全身鎧にも見える衣装を着たみやびが飛翔していった。


 そこへ紀子が向ける言葉がある。





 外堀を埋められ、二の丸、三の丸を破却した大坂城宛らだ。





 アップテンポの曲が流れる中、スモークが焚かれ、青いカクテルビームが乱舞する。


 花道を注視する孝介は、文字通り度肝を抜かされた。


 スモークを切り裂いて、白い鎧が飛翔してきたからだ。


「何!?」


 緑色の燐光りんこうが舞い散っているのは、光の演出ではない。


 思い出すのはアヤだった。


 ――六家りっけ二十三派にじゅうさんぱ!?


 火家かけという名前は出てこないが、アヤの姿を思い出してしまうのは仕方がない。


 それも紀子の策の内だ。


 ――細いというには、あんまりに細すぎる糸をたぐり寄せた勝利だっただろ!


 矢矯が無理矢理、かっさらっていったに過ぎない勝利だった事は調べがついていた。



 それは勝因のない勝利だった。



 アヤと明津が選択肢を誤った事、ただそれだけが敗因だ。


 その上、孝介と仁和は何もしていないに等しかった。


 衝撃が孝介を固着させる。


 雅がステージの上へ差し掛かり、それが始まりの合図となる事を失念させるくらい。


「うおーりゃあァッ!」


 独特のかけ声と共に、雅がランサーを投げつける。


「!」


 固着は一瞬だったが、孝介にできた事は身を捻るくらい。


 回転するランサーは脇を掠め、真っ赤な血を花びらのように舞わせた。


 ――抉られた!


 斬られた痛みではなかった。


 顔が歪もうとするが、視界だけは必死になって維持した。攻撃が単発であろうはずがない。ましてや武器を投げつけるという攻撃だ。外れたら後は知りません、では話にならない。


「スーパーアタック・インビジョン!」


 雅の鎧が変化する。傾斜装甲が動き、流線型を基本としたものへと転じ、同時に背で弾けている緑色の光は更に強くなった。


 体当たりしようとしていることは明白だ。


 そして重量こそ、最も分かり易い衝撃を秘めている。白に赤いラインの入った鎧は、ハリボテのようにも見えるし、この舞台ではハッタリもあるため現実にハリボテである場合もあるのだが、雅が身に着けているものは違う。


 総重量40キロ近い、本物の金属製だ。


 それが加速を続けて突撃してくる事を表す単語は、恐怖以外にない。


 恐怖が何としても孝介の顔を背かせようとするのだが、それを宥め、ねじ伏せ、孝介は身体に《方》を駆け巡らせる。


 ――逃げろ!


 それを恥とは思わない。矢矯が最も重要視するのは、攻撃を当てる事と、攻撃を避ける事だ。常に攻撃の手を残せとは教えていない。


「逃げるな! 迎え撃て!」


 野次が飛んでくるが、気にしていたのでは命がいくつあっても足りない。


 ――逃げろ! 今は何としてでも逃げろ!


 孝介の必死を、恐怖と脇腹の痛みが奪いに来る。


 表情を歪ませ、顔をしかめさせ、痛みに耐えて床を蹴り――、


「ッ!」


 転んだ衝撃に呻き声を上げさせられるが、新たに痛みの源は転倒だけだった。


 ――避けた!


 激突音は、孝介から遠く離れていた。


 顔を向けると、鎧を再び傾斜装甲に戻した雅が映る。


 隙は――孝介が突ける隙はなかった。無手である一点に突破口を見出せそうだったが、雅の手が翻ると、細いワイヤーロープが舞い、ランサーを手元に引き寄せる所だったのだから。


 たぐり寄せつつ、雅は間合いを詰めようとしてくる。


 ――あの光、《方》か!


 そこでやっと孝介は理解した。雅の背で輝いているのは《方》が作り出した光球だ。孝介が初戦で見た《方》と同じ。


 光球をどうにかして推進力として使っている。


 そこでやっと孝介は剣を抜けた。


 剣を抜き、かわす。感知は全開、障壁は強める。念動も最大限に発揮させ、身体操作をより厳密に切り替える。


 その瞬間だけは石井の呪詛じゅそが暴れた。


「くっそ!」


 孝介を毒突かせたのは、雅のランサーがまた身体を抉っていったからだ。

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