第18話「刃の騎士」

 ――バランスとタイミング。


 土師はじ紀子みちこは舞台の事を、そう解釈していた。



 それは時間は確保できるだけ確保するという行動に懐疑的という事だ。



 ――ギリギリまで確保した時間でこちらの駒を強化できたとしても、同じだけの時間があちらにもできるんだから、あっちだって強くなる。


 ならば適当なところで線を引くのが正しい、というのが紀子の哲学だった。


 そして「適当なところ」とは、雅が強くなる時間を指さない。



 孝介の事だ。



 孝介がどれだけの希望を手に入れられるか――それを紀子は計算する。


 ――いきなり強くなるなんて事は有り得ない。強力な《導》を身に着けたなら話は別だけど、そんな《導》は一朝一夕で手に入らない。


 まず強力な火力を簡単に手に入れる事は不可能と判断する。


 ――電装剣を探す? 作る?


 それならば辛うじて可能かも知れないが、まず探すというのは現実的ではない。電装剣は珍しい武器であるし、北海道では見つかる事があるというが、探しに行けばすぐにでも見つかるようなものではない。


 では作るかという事になるが、孝介の感知は矢矯や基には及ばないのだから、作れるはずがない。


 そもそも電装剣を操る腕とて怪しいものだ。基が電装剣を使えたのは、斬奸剣・両断と名付けた打ち下ろしだけだった。孝介がソニックブレイブやMy Brave,Silver Moonを放てば、自分の身体を斬ってしまう。



 つまり短期間で強くなる術はない。



 ならば長々と引き延ばす必要はない。雅とて、電装剣を手に入れる事などできないし、それを振るう技を身に着ける必要もない。


 雅を選別した理由は、を確立しているからだ。


 長所も短所もあるが、長所を伸ばせば良い所まで来ている、と紀子が確信しているからこそ、孝介を狩る相手に選んだ。


 だが孝介と、その背後にいる安土は、何とか時間を確保しようと動くはずだ。


 ――新しい《方》を何とか身に着けさせようとしてるんでしょ。


 安土の手駒も把握している。孝介こうすけの師は矢矯やはぎであるが、矢矯に新たな《方》を授ける力はない。超時空戦斗砕ちょうじくうせんとうさいは恐るべき威力を秘めているが、それは矢矯の機知きち才覚さいかくによってコントロールされている。長所もあるが、短所も多い。使いこなせるのは矢矯のだけだ。


 安土が頼るとすれば、安土にとっては飛車角ともいうべき存在、弓削ゆげしかいない。


 だが弓削は――、


「あー、気持ち悪い」


 紀子から見て、弓削など怖れるに足らない。


 ――感情的で、自分の事が第一。人の都合なんかお構いなしで、自分のメンツを保たれないと思ったら、平気で人を切り捨てる……。


 思い出すのは、屈辱と苦悩の日々か。


 だからこそ口にする。


「あんなのに、何ができるものか」


 端から弓削の能力など認めていない。自分に塗炭の苦しみと、屈辱を与えた男なのだから、そんな力があってはならない。


 孝介を足掻かせるだけ足掻かせ、打ち切る――それが紀子にとって理想的な、丁度いい時間という事になる。


 スマートフォンに表示されたメッセージを一瞥した紀子は。フンと一度、大きく鼻を鳴らした。


 メッセージは孝介が倒れた事を伝えていたのだ。


 ――罠にかかった。


 読み通りだとほくそ笑む。孝介の身体を蝕んでいるのは《導》だ。倒れたならば、頼る医者は舞台の女医しかいない。そして女医は情報を開示する義務がある。その原因となったのが誰の《導》であるかは兎も角として、症状と取った措置は開示する。


 しかし最も価値のある情報は、孝介のコンディションが最悪になったという一点だけだ。


「準備、完了」


 紀子は送信した。



 舞台を開け――と。



 安土の政治力は、もう及ばない。制裁マッチの対象者が、決定的に隙を見せたのだから。





「卑怯か?」


 控え室で衣装を身に着けながら、独り言ちた。


 孝介が100%でない事は、雅も知っている。紀子を通さずとも、百識ならば当然、掴んでいる情報だ。孝介が雅人の情報を得ていないのは、自分自身の怠慢に他ならない。自分で情報を集めてもいいし、また情報を渡さない安土を切らないのも自分の責任なのだ、と雅は思っている。


 衣装に身を包んだ雅は、ハンと態とらしく嘲笑した。


 誰に聞かせる訳でもないが、雅は大声で笑う。


 高笑いを発しながら舞台へ向かうと、その途中に紀子の姿があった。


「卑怯だ卑怯だと、いうかも知れません」


 紀子も笑っていた。


 雅の表情は、既に鉄仮面の下であるから見えないが、返す言葉で、どんな顔をしているか推測できる。


「卑怯なんて、この舞台では、完全に敵の術中にはまったと自ら認める言葉でしょう」


 笑っている。


「100対1でも生き延びねばならん場では、それは最上の褒め言葉だろ」


 いや、嗤っている。


 紀子も雅も、こういう時、この言葉を使う事にしている。



「自己責任」



 情報を大切に扱わなかった。女医に助けを求めなければ、もう少しだけ紀子は舞台の開催を待った。


 そもそも家など守らなければ、舞台に立つ事もなかったのだ。


 愚かとしかいいようがない。


が」


「?」


 紀子が首を傾げた。


「いや、あぼう、といったんですよ。アホですらない、とね」


 紀子の横をすり抜けて、雅はランサーを手に取る。


「さぁ、取り戻しに行きます」


 孝介を倒す事ができれば、制裁マッチの成功と、六家二十三派を倒した男を始末した明成とが手に入る。


「奪われた、未来を――」


 そう、奪われたのだ――どこかでなくした覚えはない。


 雅の衣装の背に、緑色の光が宿った。《方》で作った光球だ。


 その輝きが増したかと思うと、雅の身体は花道を真一文字に飛翔していった。

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