第23話「悪意なく敵意なく……」

 陽大あきひろへもたらされた大罪の力は殺生せっしょう――。


 そういわれ、陽大の脳裏に蘇る言葉がある。


 ――あえて突き飛ばし、被害者が死んでも構わないという気持ちが表れている。


 あの日、あの中学の校舎で行われていたイジメと、それに初めて抵抗した瞬間を裁かれた時の事だ。


 ただ一度だけの、反撃ともいえないは、4人の少年を踊り場から階下へと落とす事となり、折り重なるようになって落ちていった4人の命は、そこで尽きだ。


 4名もの命を奪った事、階段の方へ突き飛ばした事、日常的なイジメが行われていた事を加味すれば、軽重けいちょうはさておき、陽大には殺意があったと認定された。


 結果、情状酌量があろうとも、少年法が廃止された現在に於いては大人と変わらない判決、懲役3年、執行猶予4年の有罪判決が降りた。


 ――殺意……殺意か……!


 身体を駆け巡る力が、そんな感情に基づくものだという事は、陽大に重しとなってのし掛かってくる。


 殺意などなかった、ただ純粋な抵抗だった――裁判でも、決して口に出していえなず、心中で叫ぶしかなかった言葉が陽大の中で蘇り、渦を巻く。


 それは力を否定する言葉であり、陽大の中で抵抗となって力の巡りを悪くしていくだけだ。


 ――日和ったみたいね!


 それを珠璃しゅりは隙だと見抜いた。


 ――当然ね。これだけの力が、いきなり入ってきたんだから戸惑う! 何も力のなかった新家なんだから!


 陽大は聡子さとこが持つ医療の《導》を受けたため、結界の《導》に目覚めているが、珠璃から見れば取るに足らない。そもそも舞台に上がる百識ひゃくしきにとって、攻撃こそ最大の防御であり、より高い火力、より大きな範囲で攻撃できる《導》を放つ事こそが最適解だ。


 ――ベクターも、私の《導》には対応しきれなかった。


 矢矯やはぎが背後を疎かにしたのは、アカシャライジングが追い詰めたからだといい切る珠璃は、ここで陽大に同じくアカシャライジングを放つ気はなかった。


 ――まぁ、付き合ってあげない事もないけどね。


 剣を取る。


「シャドゥフェイズ」


 眼前にかざした手をスライドさせ、仮面を脱ぎ去るポーズを取った。


 接近戦へと攻撃方法を切り替える合図だ。


 ――六家ろっけ二十三派にじゅうさんぱは、接近戦なんて脳筋がする事だっていうけど、ねッ!


 剣を構える珠璃は、タンッと地面を蹴った。同時に光が背中に宿り、まるでジェット噴射の如く珠璃を加速させる。


「使いこなされた近接戦闘スキルは、六家二十三派にすら対処できる力はないのよ!」


 矢矯がルゥウシェ、バッシュ、アヤと、六家二十三派の百識をたおしてきた点のみは有効性を認めていた。


「我が剣は、それに勝る!」


 両手持ちにした剣を、横一文字に振りかぶる。


 狙いは、最も派手な終幕を飾れる首だ。


嵐舞らんぶの太刀!」


 成る程、光を宿した剣が起こすのは、旋風というよりも嵐だ。


 その一撃で陽大の首を刈り取る、と珠璃は加速に従い、狭くなっていく視界に対し、両目を見開いていく必死さへと繋げる。


 ――殺った!


 瞼が痛い程、見開いて尚、陽大の顔すら捉えられなくなった視界でるあが、珠璃は自分の勝利を、陽大の死亡を確信した。


 ――戦場で棒立ちになるのが悪いわ。


 言い訳は聞かないし、それを口にする事もなくなっただろうと笑みすら浮かべる珠璃であったが、確信が手応えを怪しくしていた事には気付かなかった。


 あまりにも速いスピードで振り抜いたからだと自分で納得しているから、刃が人体に当たって重くなるはずが、そうではなかった事も気にしなかったし、首を切断したのならば、大量に吹き出し、浴びる事になる血のシャワーがなかったことも、音速に迫る超高速で駆け抜けたからだと思っていた。



 だが現実は、そのどちらもがなかったのだ。



 陽大は開脚する要領で下肢かしを沈めて斬撃を回避し、得意とする対数螺旋の動きで振り向いていた。


 そして珠璃の背から放たれている《導》の燐光に目を細めつつも、その背を視界に捉えていた。


 陽大にとって、この一撃を過信した珠璃の背はだった。


「ッ」


 歯を食い縛る。


 身体の中で渦を巻いていた、自分は人を殺したくなかった訳ではない、という強い否定は、もう消滅してしまっていた。



 ――俺は、死んだらいいと思ってた!



 今まで絶対に認められなかった感情を、このギリギリの時に認められたからだ。


 ――あんな奴ら、死んでしまえばいいと思ってた!


 自分の中に秘められた殺意を認めた。


 だが同時に、もう一つ、寧ろこちらを強く心に留めておかなければならないと確信した事がある。


 ――人を殺せる威力を秘めてこそ、初めて必死の相手を止められる!



 それは基の姿から至れた境地だ。



 基は聡子を守る、聡子と親友でいるため、その殺意を振るう事に躊躇ためらいがない。


 だが、それでも基は明津あくつを殺せなかった。


 決して明津は弱くなく、殺意があろうと止めるのが精々だという現実があったのだ。


 ――形として圧勝しているから相手の評価が落ちてるんだろうが、あいつらは弱くなかった。逆に俺たちの方が弱い!


 殺してでも止めるという気迫がなければ、決して拾えない勝利だ。


 だが基には、敵意がなく、悪意など更に無縁だった。


 怨敵を殺すのではない。


 悪魔を滅するのでもない。



 自分と、自分の背を見守ってくれている人の命を繋ぐために振るう、純粋な殺意は、こんな非合法な場所でなくとも、合法的なスポーツ、格闘技、武道であっても常識だ。



 ――殺生から受け取った力を、殺すために使うな。討つために使え!


 殺意を向けられている珠璃だったが、その悪意や敵意を伴わない純粋な殺意を向けられたことは初めてだった。


 故に陽大が健在で、それを向けてきているなど分からない。



 立ち止まった――だ!



φ-Nullファイ・ナルエルボー!」


 燐光りんこうを放つ背の中心へ、陽大の持つ最大の技が突き刺さった!

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