第22話「空を遮る真実」

 あずさは《導》を展開させながら、自分も血塗ちまみれになりながら矢矯やはぎに声をかけ続けている孝介を一瞥した。


 ――まさか、こうなるとは思っていませんでした。


 矢矯がここで離脱する事は、梓にとっても計算外だ。


 とはいえ、梓とて全てを掌握できている訳でもない。


 ――自身の事よりも的場まとばくんを大切に思っていればこそ、こういう選択もしてしまいますか。


 ミスとはいわない。そうしてしまうからこそ、会が友達だと認めた孝介が師と認めている男なのだ。


 ――片手で抱きかかえられたかも知れませんが、両手で確実に保持しようとしたのでしょう。武器は捨てても、盾まで放棄した訳ではありませんから。


 矢矯が自らの身体を盾とした事を、梓は偶然ではないと断じていた。


 ――ベクターさんは二人をたおし、的場くんを守ってくれました。こちらが望む事をしていただけましたよ。


 残すところ敵は4人となったのだ。


 ――次の段階へ以降いたします。


 NegativeCorridorネガティブ・コリドーに集中する。


「結界が変化するかも!」


 空島そらしまが叫び、残されたレバイン、珠璃しゅり鳥飼とりかいが身体を硬くした。


「今更、結界をどうこうする気はありませんから、ご安心下さい」


 梓はフッと笑ってみせたのだが、空島はにらみ返す事で「信じない」と告げた。


 それに対し、梓は挑発で答える。


「そんな事より、今、私は無防備なのですから、攻撃を仕掛ければ良かったのですよ」


 武器は何のためにあるのだと、軽く白い歯を見せて嘲りの作り笑いを浮かべるのだが、視線こそ空島に向けているが、意識を空島へ集中させてはいない。


「ああいう風に」


 結界を飛び越え、今度は梓へと珠璃の黒白こくびゃく無常むじょうが飛来していた。


「待ってて!」


 珠璃は結界が変化しないうちに外へ出したつもりなのだろう。


 ――変化させるつもりはないのですが、本当に。


 いっても信じてもらえる訳がないと思いつつ、梓が動く。


「!?」


 その動きを眼前で見たのにも関わらず、空島は現実が信じられなかった。



 梓は、黒白無常が放つレーザービームを回避し、そのまま《導》を操っているのだ。



「ベクターでもタコ殴りにできたのに!?」


 思わず叫んでしまう空島であるが、梓は態とらしく得意気な笑みを見せ、


「三人がかりではありませんから」


 矢矯の時は、これにレバインのサイクロン、丹下のクファンジャルが加わっていたが、今は違う。


「避けられますよ。この程度。私も……まぁ、百識ひゃくしきですから」


 梓の《導》が高まりを見せ、その高まりに従い、レバイン、珠璃、空島、鳥飼に宿っている大罪に変化がみえた。


空島そらしま春日かすがさん、あなた、《導》の使い方を誤っています。そもそも、この日本刀にかけた呪詛じゅその《導》も、同じく」


 当然だと梓はいった。


「元々、この剣に宿っていた呪詛は8種類。それを何故か七振りの日本刀に分けていますね。何故、八振り用意しなかったのか疑問です」


 石井は8カ所回り、そこから得たイメージを玉鋼に封入していったというのに、できた日本刀が七振りでは――。



 8種類の呪詛ならば八振りの日本刀に宿してこそだ。


「あ?」


 だが言葉が難しすぎたのか、空島は眉を顰めるくらいしかしなかったが。


間尺ましゃくとは、建物や建具の寸法の事です。それが合わないという事は、計算が合わない、損得が合わない事を意味します」


 梓も態々わざわざ、説明するものだから、それはより強い挑発となった。


「お前――」


 バカにしているのかと続く空島の言葉であったが、それも梓が先回りする。


「していますよ、当然。そもそも六家りっけ二十三派にじゅうさんぱではなく、五家ごけ二十二派にじゅうにはのはず。一つ、消えてしまった一派がいるのに、そこに残滓ざんしを持って紛れ込んだ雲家うんけ衛藤派えとうはなど、ろくな《導》があろうはずがないのですから」


 だから、こんなミスをするのだといいながら浮かべているのは嘲笑だ。


「そして、空島春日さん。あなたは《導》が使える新家だとおもっているようですが、これは違いますね。これこそ、その消えてしまった一派の《導》です」


 嘲笑が強くなり、空島へ向けられた。


「おめでとうございます。あなたも、4代も遡れば六家二十三派に名を連ねていたでしょう」


 今は違うという言葉を隠しつつ、だが何よりも雄弁にぶつけてくる梓、


「真の六家二十三派最後の一派は、雲家うんけ椿井派つばいは


 その嘲笑の最後は――、



「私です」



 梓こそが六家二十三派最後の一派の百識なのだ。


「そして大罪も、七つではありません」


 NegativeCorridorが完成する。


「大罪は十!」


 レバインたちから一斉に《導》が抜け出し、混じり合い、そして十の光に変わった。


妄語もうご


 その光は、プライドと呼ばれた青い光が宿ったみやびの身体へ。


貪欲どんよく


 それはグリードと呼ばれた紫の光が宿った鳥飼とりかいへ。


邪見じゃけん


 それはエンヴィーと呼ばれた緑の光が宿ったリベロン。


瞋恚しんい


 これはラースと呼ばれた赤い光のレバインへ。


好色こうしょく


 ラストと呼ばれた黒い光が宿る珠璃へ。


妄語もうご


 スロースと呼ばれた白い光を持つ丹下たんげへ。


偸盗ちゅうとう


 そして7番目は、グラトニーと呼ばれた黄色い光を宿した空島へ飛んだ。


「残りはこちらでいただきます。かい様!」


 残った三つの光が、梓の指差す方へ飛んでいく。


悪口あっく


 まず一つは会へ宿る力だ。


両舌りょうぜつ


 それは梓自らが纏う。


 最後の一つは……、


弦葉つるばくん! 行きますよ!」


 最後の光を陽大あきひろへ向ける。


「はい!」


 あぐねている陽大は精一杯の大声で返事をしたが、十の大罪の最後に残された名は、皮肉なものだ。


殺生せっしょう


 だが梓の言葉に陽大が歯を食い縛ったのは、皮肉な名前だからという理由だけではない。



 光が宿ると同時に、力が駆け巡ったからだ。



「戻れ、使い魔ファミリア!」


 珠璃も、それを感じ取るセンスを持っていた。

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