第21話「We must go on!」
それぞれが隔離されて戦っている事もあり、
――誰かの決着が付いた?
会が僅かだが視線をスタンドへ向けた。無論、そこで何が見えるという訳ではなく、槍を向けているとはいえ、手にしている槍は常にレバインへ向けられている。
初めての舞台である会は雰囲気で誰がどうなったかを悟る事はできないのだが、歓声の大きさで大物が
――
失礼とは思いつつも、負けてもおかしくないと思われている二人は除外する。
――相手の副将クラス?
今、自分が相対しているレバインが大将であるから、その次が斃されたのかと直感したのは会だけではない。
レバインたちの副将が誰であるか分からないが、この歓声は矢矯が連破したからだ、と解釈した。
だが
――矢矯さんが!?
陽大の援護も考えているため、感知の《方》を広範囲にしていた事が弓削に矢矯の状態を知らせた。
背に4本のクファンジャルを受けた矢矯の傷は、決して浅手ではない。
「馬鹿な……」
それは弓削にとってすら想像だにしていなかった光景だった。
無論、弓削も矢矯も、自分が最強だとも無敵の存在であるとも思っていない。神ならざる身であるから、当然、攻撃を受ければ傷つき、それが大規模な《導》の撃ち合いになる舞台の上となれば、掠めただけでも致命傷になる事すらあると自覚している。
それでも
――どれだけズタボロになっても、勝ってきただろうに……。
弓削は歯噛みさせられた。
その絶望は弓削だけではない。
「ベクターさん! ベクターさん!」
崩れ落ちた矢矯を背負って走る孝介は、声を嗄らして呼びかけていた。
気持ち前傾姿勢で走るのは、背中を伝わる血の感触があるからだった。具体的に、どれだけ流れれば致死量となるのかわからいないが、動かない矢矯が無事とは思えなかった。
――聞こえてるよ。
それは矢矯も同じ事で、声を出そうとしても言葉が声にならなかった。身体は念動を使えば動かせるが、声だけは念動ではどうしようもない。
そして念動も、そろそろ怪しくなる。
孝介の背に揺られながら、矢矯の脳裏には走馬灯のように記憶が巡りつつあった。
――メイさん……。
まず浮かぶのは、仇を討った
――
次に浮かぶのが、百識として戦う最後の舞台と決めた二人。
「ごめんなさい! 俺が気を抜いてたから!」
その一人、孝介から悲痛な声が流れてくる。外からの攻撃が来た時点で、他にも攻撃手段を持っていると気付かなければならなかった。そのための感知であり、それらの情報を正確に得る事こそが矢矯から教わった戦闘方法の
――そうじゃない。俺のミスだ。
出せない声で、矢矯が必死にいう。
――孝介くんくらいなら、片手で持ち上げられた。剣を放した俺が悪い。
矢矯は、両手で抱えるために剣を手放した事がミスの始まりだった、と悔やむ。もし手の中に剣があれば、このクファンジャルもいくつかは――場合によっては全て弾き返していた。
しかし今更、遅い。
矢矯は重傷を負い、孝介は悔やみきれない悔いを残した。
――そんな場合じゃない。
矢矯も切り替える。ミスはミスであり、しかもどうでもいいミスだと自覚していた。矢矯とて、この舞台が最後と決めている。次に活かす機会はないのだから、反省は無視する。
――勝つ算段を立てろ。
孝介はまだ無傷なのだから、そのまま無事に舞台から降ろす事こそが矢矯の使命だ。
――残りは、5人か。
孝介と仁和の記憶が、矢矯に思考力を残させていた。雅と
「ベクターさん!」
ステージの端まで来た孝介が、矢矯の身体を前抱きに変えた。傷を下へ向けないよう背を反らして、矢矯の顔を自分の肩越しに見る孝介は、その青白い顔が土気色を帯びていく事に戦慄した。
――舞台から降ろせば、何とか……なるか?
死んでしまえば、
「ベクターさん!」
孝介の呼びかけとは反対に、スタンドの観客席からは明るい歓声が大きくなっていく。
「ベクターだ!」
「ベクターが斃された!」
異口同音であった歓声が、徐々に一致していく。
最終的に残される単語は二つ。
「ベクター!」
「斃された!」
その歓声が全員に、次の犠牲者は矢矯だった事を知らせる。
「ベクターさん!?」
陽大の顔に動揺が走った。陽大とて、矢矯が丹下如きに斃されるとは思っていない。ならば攻撃を仕掛けた珠璃こそが、矢矯を斃すという殊勲だ。
――俺が……俺が……!
珠璃に二面作戦を許してしまった自分が悪いと悔やまされた。
「ベクターさん……!」
神名の顔にも焦りが浮かんだ。それ程の百識であるとは思っていない。空島の《導》により、大きく力を付けたといっても、ただ大きな《導》を振り回すだけの百識に破れるはずがない、と思っている。
だが観客が揃って偽情報を流すはずがないのも事実。
「二強が崩れたって事だ!」
レバインが華々しく宣言し、ダガーの切っ先を会へと向ける。
「お前たちの二強でも、俺たちには負けたぞ」
「ベクターが斃れたという事は、いずれ弓削も斃れる。そうなったら、もうお終いだ!」
時間の問題だと怒鳴りつける。
「なぁ、リベロン!」
弓削を始末しろと、相方へ声を掛けるレバイン。
「あぁ、まかせろ!」
片腕を失ったリベロンだが、リベロンも武器は飾り、《導》を操るタクトだと思っている。身体のバランスがとりにくくなったが、立っていられる程度だ。
痛みは忘れた。矢矯の敗北を知らせた歓声が、エンドルフィンやアドレナリンの分泌を促しているのかも知れない。
「そもそも、俺たちは6人でお前達を斃すつもりだった。
矢矯が斃した雅など何の損害にもなっていない、と嘯くリベロンは、脳内麻薬の快感に身を任せたように口を開く。
「下っ端の丹下と、二強のベクターの交換なら、全く問題ねェなァ!」
丹下とて、大将のレバインや副将の自分とは違う、といい放った所で、弓削は見た。
隙だ。
「わめき散らすのに夢中で、戦ってる緊張感が抜け落ちたな」
二強の矢矯と連呼しているが、二ならばもう一人いるという事を忘れている。
「二強のもう一人は、俺じゃなかったか?」
そうはいった弓削であったが、その声をリベロンがどれ程、聞いていたかは分からない。
言葉よりも一瞬、早く、弓削の剣はリベロンの喉を貫いていたのだから。
「
自分へと飛んできた弓削の声に、梓は頷いた。
――ベクターさんの事は、もう仕方がありません。
切り替えなければならない、と
――現実は、ステータスだのスペックだのでは決定しません。
どう動いたのかで決まる。矢矯を孝介の救援に向かわせたまではよくとも、敵側が壁を乗り越えて攻撃する手段を持っていた時点で破綻したと考えなければならなかったのだ。
「
ならば次の手に移るのみだ。
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