第20話「不自然な沈黙の中へ」
「高いだけで、蓋が開いてるわね!」
梓が作り出した結界の壁は5メートル超の高さを持ち、確かにこれを飛び越えるとなれば、空を飛ぶ能力を持っているか、
クファンジャルを念動で投げつけているだけの
「!」
頭上からの奇襲であるが、感知の《方》を全開にしている矢矯は見るまでもなく把握できる。
――あの玉か!
放たれるレーザービーム自体の殺傷力は低いのだが、それでも首や脇の太い血管を貫かれれば致命傷になりかねない。
「
丹下が礼をいいながら、操るクファンジャルの数を限界まで増やした。
アイコンタクトが取れる距離でもなく、今、矢矯から視線を逸らす事は死に繋がると悟っているため連携の確認は取れないが、珠璃も丹下も狙う事は同じだ。
「あのクソガキを狙え!」
「選べないだろ、クソボケが!」
丹下から嘲笑をぶつけられるが、矢矯はクファンジャルを躱して接近する事を断念し、後退を選ぶ。
――戦う事を放棄する訳じゃねェ!
心中の言葉はいい訳ではない。逃走ではなく後退だという言葉遊びでもなく、攻めるためにこそ退くからだ。
5メートル超の壁を飛び越えてくる黒白無常は、攻撃に移るまでタイムラグがある。
「孝介くん!」
呼びかけられた孝介は、顔を向けるまでもなく矢矯の意図を汲み取れた。
――上は気にしない!
孝介が剣を構えるのは、飽くまでも丹下だ。
後退してくる矢矯とて、この場合の最適解などは知らないが、黒白無常を確実に破壊する手段は持っている。
矢矯の手から二筋の赤い閃光が飛んだ。
何者であろうと、この世に物質として存在している限り断ち切れる武器、
矢矯の《方》を循環させる事で刃を作っているため、手から離れてしまっては刃を維持できないが、循環させているからこそ、ごく短時間に過ぎなくとも黒白無常へ命中するまでくらいは刃を残せた。
黒白無常を砕き、矢矯も剣を丹下へと向ける。
「
それに対し、丹下が複雑に組んだ両手を突き出した。その両手から放たれる《導》は、クファンジャルの周囲に爆薬を形成し、その爆発力を念動に上乗せして加速させる。
――無駄だ!
だが矢矯は構えた剣でクファンジャルをいなしていく。矢矯の最大戦速は時速1200キロに達する。対する丹下のクファンジャルは金剛炸裂という《導》を得て尚、音速には届いていない。
「いいや、釘付けにしてるだろ!」
無駄ではないと気を吐く丹下は、もう一つ、銅を加える。
「
そう名付ける《導》は、巨大な三日月型の刃を作り出し、
「
その刃をクファンジャルと同様に爆発力と念動で弾き出す。
「
そしてもう一つを、矢矯の頭上から落とした。
「前を避ければ頭上が、頭上を避ければ前が遅う!」
クファンジャルの猛攻には間隙を作ってしまうが、丹下にとって必勝の形だ。
――ものを投げるだけで勝てると思うな!
だが矢矯は冷静さを失わない。全く同時に二つが来たならばまだしも、強打者を投げた後に、断頭を落下させた。挙げ句、二つの速度は一致していないのだから、矢矯とて対処法は分かる。
「ッ」
飛来する強打者の、日本刀で言えば
顔を顰めさせられる程の反動があるが、その反動を矢矯は念動で吸収、また剣の加速に上乗せし、頭上から襲い来る断頭を迎え撃つ。
こちらはタングステンカーバイトとコバルトの合金で作られた剣の強靱さに任せて打つ事になるが、文字通り鎬を削って足下に叩き落とした。
「そんな馬鹿な――」
驚く丹下であったが、その2連撃に継ぐ形で孝介の《方》が放たれる。矢矯をその場に釘付けにしたつもりだった丹下だが、その実、自身もその場に釘付けにされていたのだ。
静止している相手に対し、絶対的な攻撃を孝介は身につけている。
「
孝介の剣が時空を駆けて丹下を斬る!
「クソッタレ……」
前のめりになる丹下の口から呪いの言葉が漏れるのだが、それで安堵してしまうのが孝介の悪い癖だった。
「ペルソナ・フェイズ」
耳に聞こえた珠璃の声。
「
矢矯と孝介の頭上に蒼く光る陣が出現し――、
「この天空から何かもを消し去ってやる! アカシャ・ライジング!」
その陣から放たれるのは、何者をも飲み込む光の怪鳥か。
「いいや、遅い!」
それでも尚、矢矯は孝介を抱きかかえて走った。
剣を捨てて孝介を抱きかかえ、電装剣で切り裂いた壁の継ぎ目へ向かって必死の全力疾走だ。
――よし!
回避成功だと目を見開く矢矯であったが、その目を最も大きく見開かせたのは、背中から突き抜けてきた衝撃と激痛だった。
ドンッと空を鳴らした一撃は、孝介の目にも飛び込んできた。
クファンジャル――丹下の《導》だ。
「う、うわああああ!」
まるで矢矯の背中から生えたような短剣に、孝介が悲鳴を上げさせられる。
その悲鳴に混じり、ドンドンドンッと3度の衝撃。
「へ、へへへ……」
薄笑いを浮かべる丹下は、五体満足とはいえないが、命まで失っていなかった。
孝介は絶命させる事ができない。
両足を付け根から切断された激痛に耐えた丹下が、この4本のクファンジャルに全てを賭けて飛ばしたのだった。
「
矢矯の身体を貫通させて孝介まで仕留めるには至らなかったが、丹下の顔には勝利を確信した笑みがあった。
だが、その顔面に剣が突き刺さる。
「お前に耐えられるくらいの痛み、俺が耐えられない訳ねェだろ……」
矢矯は孝介の手から剣を取ると、それを投擲したのだった。
だが掠れた言葉は、丹下は降ろす、孝介の耳にも届いていなかった。
「ベクターさん!」
孝介の手の中で朱に染まり、崩れ落ちていく矢矯は、孝介からの言葉もハッキリとは聞き取れなかった。
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