第19話「梓とてミスをする」

 宙を舞うクファンジャルは丹下たんげの念動でコントロールしている。


「ただ投げてるだけと思うな!」


 自在に飛翔し、確実に避ける空間を殺していくと気を吐く丹下であるが、矢矯やはぎは真逆の事を思っていた。


る隙がある!」


 一度ならず、その《導》の眼前に立った矢矯だからこそだ。


 多くは語らないため、その解釈は真っ二つとなる。


「ハッタリだ!」


 そう考えたのは丹下。


「操ってるのは念動――《方》だが、武具を作り出しているのは《導》だ! 当たれば抜けん! そしてこの数! 避けさせん!」


 飽和攻撃だとクファンジャルの数を増やしていく丹下。レバインのサイクロン、珠璃しゅり黒白こくびゃく無常むじょうはないが、自分のクファンジャルとて飽和攻撃を仕掛けられる。


「その通りだな!」


 孝介こうすけが口にした同意の言葉は、無論の事、丹下へのものではない。


 ――隙だらけだ!


 矢矯の言葉を、孝介もその通りだと首肯していた。


 成る程、確かに丹下が操るクファンジャルは、《導》によって作り出されたものであり、その刃は石井の作った日本刀と同じく単一結晶だ。そう簡単に折れるような事はなく、砕くなど尚更、無理だ。


 それを、このスピードで飛ばしているという事は、当たれば刺さるどころか、腕ならば吹き飛ばされ、胴体ならば風穴を開けられる。


 だが、それら全てに、矢矯と孝介は無意味という一言をぶつけたかった。


 ――念動の制御が甘い!


 孝介から見ても、丹下の念動はコントロールされているとはいい難かった。


 ――スピードも適当、どこまで飛ぶかも把握できていない。


 感知をしていない、もしくは併用していてもさせられていない。


 ――だから飽和攻撃に何て、なってないんだよ。


 受けたからこそ矢矯には分かっていた。ただ力任せに投げているに過ぎない。


 それぞれのクファンジャルが、どれくらいのスピードで動いているのか、速度差をどうつければ回避できないか、孝介や矢矯が、どう回避行動を取れるのかを踏まえた落着地点はどこか――念動も感知もコントロールしていないのでは、それらは全て不可能だ。


 剣を構えた矢矯はいう。


百識ひゃくしきに必要なのは、感覚を正確にフィードバックする事。単一行動を確実にこなす堅実さだ」


 それは孝介に繰り返しいってきた言葉であるから、孝介もわかる。


「百識に必要なのは、強大な火力でも、特殊な防御や攻撃でもない!」


 丹下が自慢しているクファンジャルなど、怖れるに足らないと孝介すらも感じている。


 ――避けられる!


 4メートル四方という結界の制限があるため、斬り込む隙を即座に見つけるという様な事はできないのだが、飛来するクファンジャルを二人は最小限度の動きで回避していく。


 ――その通りです。


 孝介と矢矯を横目で見るあずさは行動にも表情にも出さないが、師弟を合流させる作戦は功を奏したと見ていた。


 そして師弟というならば、もう一組いる。


 ――弓削ゆげさんも気付いて下さい。助けに行く方法はあるんです。


 周りにレバインたちがいるため、口に出してはいえないのだが、梓は弓削へと視線を移していた。


 梓たちの中では矢矯と双璧を成す最大戦力である弓削も、有利に戦いを進めている。最初の一撃でたおしてしまってもよかったのだが、利き腕を奪えたというのは次善だ。


 ――電装剣でんそうけんを持っていないから、矢矯さんのように結界を斬るような事はできないけれど……、弓削さんも、弦葉くんを助けに行けるのですよ。


 リベロンを斃してから向かう事になるだろうから、ここばかりは梓に思わず拳を握らせてしまう。


 誰が見ていた訳でもない――と思っているのは、梓だけだった。





 ――何かあるっぽい?


 余裕のある者が一人、この場にいる。


 かいと戦っているレバインではない。


 弓削と戦っているリベロンでもない。


 梓と相対している空島そらしまでもない。



 珠璃だ。



 格下との戦いは、珠璃から陽大へ攻撃を仕掛けるのみだ。そもそも距離を取って戦う術を持つ珠璃が、接近戦しか戦う術を持たない陽大に接近戦を挑む理由などありはしなかった。


 陽大も矢矯や孝介と同じく、回避しつつ踏み込む隙を伺っているが、踏み込み攻撃を放てる隙は皆無だ。


 その余裕が、珠璃に他の戦況を見渡させ、偶然が梓の僅かな動作を目に映させた。


 ――結界を張ったのはお前よね? 集団戦ではなく個人戦のみに変えたのは、計算通りみたいな顔をしてたのに。


 微かな違和感。


 ――的場孝介とベクターを見て、弓削 弥に視線を移した。その時、拳を握ったのは……悔しさじゃないの?


 違和感が強まる。


 梓が弓削に対し、何をしているんだといっているように感じたからこそ、襲ってきた違和感だ、と珠璃が気付いたのは偶然では片付けられない。


 ――弓削が来るなら、私のとこじゃないの!



 ここへ弓削がどうにかして救援に来られる道があるのだ。



 確信するには山勘でしかない部分が多く、断定するにも材料が足りていないのだが、ここで確信に至れる調子の良さを持ち、常に過大な自信を懐いている点が、この時ばかりは幸いした。


「上か!」


 珠璃が思わず上を見上げる。


「!」


 完全に自分から視線が逸れたのだから、陽大が踏み込むのだが、一瞬、珠璃が早かった。二歩では珠璃に届かない。


「お願い、使い魔ファミリア!」


 点を指差す珠璃が、黒白無常を飛翔させた。


「黒白無常!」


 梓の結界は、



 上は空いていたのだ。



 弧を描き、二つの球体は他方へ襲いかかった。

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