総力戦

第39話「殲滅戦――乱入」

 孝介こうすけ銀河棲獣砕ぎんがせいじゅうさいによりルゥウシェの敗戦が決定し、真弓まゆみと引き分けた石井と併せて2勝が足される。


「4対2だ……」


 剣を杖代わりにして立つ孝介は、残りの1戦を行ったとしても逆転はできない、とひび割れた声を発させた。矢矯やはぎが到着したが、不戦敗にしてしまって構わない。


「勝っ――」


 それでも孝介の勝利宣言は遮られた。


「それはいわせない!」


 誰の声かは分かる。


 ――上野こうずけアヤ!


 杖代わりにしていた剣を抜き、構えようとする孝介が、バランスを崩して転ばなかったのは流石だ。銀河棲獣砕は荷が勝つ《方》だったが、コンスタントに限界を発揮できる事を身に着けられていた。


 だが孝介の視線を奪ったのは、かつて舞台上で見た青い光。



 全身を《導》が包み、飛翔してくるアヤの姿だ。



 ――いいや、届く!


 その姿に孝介が再び《方》を操る。銀河棲獣砕は、空間と時間を歪める。事実上、この世のどこへでも刃を出現させる事ができるのだから、空中は安全圏ではない。


 だが――、


「ダメか……!」


 思わず口を突いて出てしまう弱音は、飛翔してくるアヤの位置を感知しつつ、時間と空間の軸を把握するには、孝介の身体がついて行かなかったからだ。


 身体中からかき集めるが、《方》の素となる微小タンパク質の血中濃度が下がっている。矢矯が超時空ちょうじくう戦斗砕せんとうさいを使用した直後と同じく、貧血に似た症状が出てしまう。


 ――逃げろ!


 無理だという判断は早い方がいい。


 特にアヤは誰を狙っていた訳でもない事が幸いした。


「ッ!」


 飛翔から降下、そして弧を描いて再上昇するアヤ。


「世を灰燼かいじんと化させるものを封じる地獄の門。その封印を守る七つの鍵。冥界の賢者、その威を示せ!」


 飛翔しながら、もう一つの《導》を見せる。


「七つのかぎかぎけんとなり、即ちけん。地獄の門に向かう百鬼夜行――ハロウィン!」


 展開する光の剣は、プラズマを打ち出す危険きわまる武器だ。


 ――どうする!?


 万全の戦闘態勢だ、と孝介が目を白黒させた。前回も勝つには勝ったが、孝介と仁和が勝機を作った訳ではない。矢矯の超時空戦斗砕と、アヤと明津あくつが戦い方を見誤ったが故の勝利だった。


 そしてアヤは今、孝介を狙っていない。


「まだ誰も死んでいないだろ!」



 真弓の乗雲じょううん龍神翔りゅうじんしょうも、孝介の銀河棲獣砕ぎんがせいじゅうさいも、ルゥウシェと石井の息の根を止めていないのだ。



 ならば乱入してでも二人を殺す事ができれば、この2勝は小川側へ流れる。


「チィーッ!」


 その態とらしいくらいに大きな舌打ちは矢矯だ。孝介と仁和の前で、初めて超時空戦斗砕を出した時と同じだった。


 矢矯が手を翻すと、袖に仕込んだ電装剣が手に収まる。


 両手に二本の電装剣でんそうけんを持つが、発生する赤い光は二つではない。


「超時空戦斗砕――!」


 孝介の銀河棲獣砕と同じく時間と空間を歪める《方》は、上空へ逃げようとも安全圏にはならない。


 だが矢矯はアヤを討つよりも防衛を優先した。


 倒れたまま動けなくなっている真弓へ跳び、襲い来るプラズマを電装剣でき消す。


 孝介へ向けられたものも同様だ。


「はん」


 それを見下ろすアヤは、今度は選択を誤らない。


 ――タイムラグをなくす事はできない!


 全ての場所に同時に現れる事はできないし、その場に居続ける事もできない。そこまで維持できる《方》は矢矯にもない。


 ――そして常に意識して感知していなければ成り立たない!


 電装剣を維持しつつ念動を展開させ、感知まで厳密にする等、今の矢矯にできるはずがない。


「もう私には届かない! 刃は愚か、言葉もな!」


 一秒でも無限大という矢矯の言葉など、もう負け惜しみくらいにしか思っていない――思えない。


 真弓と孝介を守りつつ動く範囲を増やしていくのは、前回と同じだ。


 前回と同じであるから、何もかもが届かない。


 アヤが回避に転じるまでもなく、矢矯の身体は床を滑走する事になるのだから。


「ッッッ」


 歯噛みする矢矯からは、呻き声すら上がらない。カフェインと抗うつ剤を併用してオーバードーズしたのだから、《方》による身体操作など土台、無理な話だった。


「ベクターさん……」


 孝介はもう一度、銀河棲獣砕を発動させられないかと試した。


 ――無理か……!


 だが時間と空間の軸を感知できない。


「今、行きます!」


 はじめが電装剣を握るが、こちらも電装剣を発動させる事ができなかった。


「……!」


 神名かなは――立ち上がる事すらではなかった。


 安土あづち側の百識ひゃくしきを見下ろしながら、アヤは叫んだ。


「暗黒よ――!」


 それはハロウィンに総攻撃を命じるものではない。


「闇よ――!」


 脇に構えた両手に点った《方》が《導》の炎に変わり、渦を巻きながら立ち上がる。


 アヤの身体を包んでいる青い光よりも、更に禍々しい黒い炎は半円を描くように両手を巡る。


「禁断の黒炎、地獄の門より呼び起こされよ!」


 ハロウィンの剣が周囲へと集まる中、アヤは炎を押しつぶすように頭上で手を組んだ。


 その手を振り下ろすと同時に放たれるのは、ステージどころかスタジアム全てを飲み込む最大の《導》だ。


「BLACK goes the HADES!」


 放たれる黒い閃光。


「悲鳴も絶望も望まない。強がるのだって許してやる。だから死ね!」


 閃光が届く先へアヤの視線が集中していた。


 だから聞こえなかった。


「ちちんぷいぷい、ビビデ・バビデ・ブゥ」

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