第40話「我が名は魔法使い――乱入」

 六家りっけ二十三派にじゅうさんぱ最大というアヤの火力は、全ての百識ひゃくしきでも随一であると自負している。


 その《導》で全身を覆う事で作る攻防一体の体勢は、触れるものを溶解、断裂させる威力を発揮するし、ハロウィンと名付けられたプラズマ弾を発射する砲台は、重力、慣性を無視して飛翔し、その威力も生半可な防御など通用しない攻撃力を有している。


 アヤが定石、定番として使用する二種だが、攻防一体、また自由に飛翔するという性質がある分、攻撃力という点に関しては、更に上の《導》がある。



 それがBLACK goes the HADES――最も分かり易い破壊をもたらす熱エネルギーを放出する《導》だ。



 黒い炎に見せているが、《導》の正体は破壊神の化身のようなもの。


 舞台といわず、このスタジアムそのものを消滅させるつもりで放った。


「消え去れェッ!」


 アヤ本人ですら、ここまでの力を振るった事は初めてであるが、結果だけは容易に想像がつく。


 ――クレーターだ!


 それだけの熱量がある。事実上、この《導》が炸裂した空間では、あらゆるものが物質として存在できない。


「ちちんぷいぷい、ビビデ・バビデ・ブゥ」


 そこへ投げかけられた声が聞こえたのは、何人だっただろうか?


 恐らくは皆無だ。


 だが次の瞬間、眼前に現れた光景は、誰もが見た。



 頭上から迫る黒い炎に対し、真っ赤な光がスタジアムを傘のように包み込み、反応兵器の如く爆裂するはずだったBLACK goes the HADESを、ただの光の飛沫へ変えた。



「冗談じゃない!?」


 信じられないという顔をするアヤ。例え山家さんけ本筈派もとはずは魔晶ましょう氷結樹ひょうけつじゅ結界けっかいだったとしても、こんな事はない。《導》と《導》とがぶつかり合い、破壊エネルギーは減衰されながらも爪痕を残したはずだ。


 光の飛沫は桜か紅葉か、ただの無害な飛沫となって散る。


 その光景に見とれていると、空からスタジアムの中へと伸びてくる光の帯があり、


「あれは、弓削ゆげさんの箱バン……」


 神名かなが口にした通り、弓削の車が空を飛んでいた。


「よく分からないけど、間に合っただろ」


 ヘッドセットから弓削の声。


 光の上を弓削の車が走っているのだ。


「車を捨てていって良いなら、話が早かったけど、飯の種を置いて行けともいえなくて手こずったわ」


 そしてヘッドセットからはもう一人、乙矢おとやの声がする。



 光の帯は乙矢の魔法だ。



「渋滞に捕まって動けないならば、もう一本、専用の道路を通してやればいい」


 怪物体、怪現象になってしまうのだが、それとて乙矢の魔法は人の目くらいにしか映つらないようにしている。


 そして今、BLACK goes the HADESを消滅させたのも乙矢の魔法。


「ルーフを開けて」


 弓削に告げ、乙矢は開け放たれたサンルーフから顔を出す。


「風が強いッ」


 風で飛ばされないようにと、鍔の広い帽子に手をやる乙矢は、ひらりとルーフから身を躍らせた。


 視線を完全に遮ってしまう黒い帽子、スリットの入った黒のタイトロングスカートに、白いパフスリーブの長袖シャツという出で立ちは、ステレオタイプの魔女を思わせた。その上からは折っている赤いケープには、白い糸で植物の葉とつるが刺繍されており、そのコントラストだけが鮮やかだ。


「乱入には乱入という訳か」


 向き直るアヤは、一層、自分の周囲を覆う《導》を強めた。舞台に上がる百識だが、乙矢の能力は誰も全てを把握していない。「ちちんぷいぷい、ビビデ・バビデ・ブゥ」という人を食ったような言葉と共に、ありとあらゆる攻撃手段と防御手段を持っている、というだけだ。


 ――相手がどうとか関係ない。自分ができる事をするだけだ。


 真弓と同じく波動砲レールガンが印象に残るため、距離を置いての戦いは挑まない。


「身体を包んでいる《導》を直接、ぶつけてくる?」


 空中で体勢を整えられるのだから、乙矢も空を飛べる。


 その手が翻る。


知仁武勇ちじんぶゆう御代ごよ御宝おんたから――」


 乙矢が口にする言葉が若干、変わるが、魔法は健在だ。


 ひるがえった手には槍が握られ、迎え撃とうと乙矢が両手で構える。


 ――かかった!


 アヤが目を見開く。《導》を増させたが、直接、この青い光をぶつけるつもりはなかった。《導》を増させたのは、スピードを出すためだ。


霊峰れいほうより来たれ、銀嶺ぎんれいより出でよ! センキュウコウ――レイ」


 差しのばした手から放たれるのは、矢のような一撃。


 ――槍をご苦労様!


 槍を呼び出した瞬間を狙っての遠隔攻撃なのだから、アヤにも自信があった。


 だが現実は、その光は乙矢の身体を貫くどころか、眼前とも言えない距離で四散したのだが。


「魔法なんだから、法則なんてないの」


 槍を構える乙矢は、態とらしい笑みを浮かべて見せた。


「ファイアといえば炎が起きて、ブリザードといえば吹雪が舞う。けれど逆ができないなら、それは魔法じゃなくて科学。法則や属性に従わなければならないんだから」


 乙矢が《導》や《方》でなく、自身の力を魔法と呼ぶのはこのためだ。


「それとも、そのレイって、同じ言葉、同じ身振り手振りで、他の事ができるのかしら? おにぎりを塩むすびからオカカに変えるとか?」


 バカにした訳ではない。乙矢の魔法は、本質がそうだからだ。おにぎりの具を変えるのも、バリアを張るのも、武器を呼び出すのも、空を飛ぶのも。


「口ばっかり減らない女!」


 だがアヤにとっては、これ以上ない挑発になった。


 レイを放つために停止していたのだから、今のうちに乙矢も波動砲レールガンを出せばよかった。それをしなかった事にプライドを汚された思いだった。


 ――後悔させてやる!


 もう一度、飛翔を開始するアヤだったが、乙矢の視線はアヤよりも眼下へと向いていた。


 弓削の箱バンは予定通り神名や基の傍に着陸し、運転席から弓削が現れる。


 それも見て取れたのだが、乙矢が見ているのはステージ上に横たわったままになっている真弓だ。


「真弓ちゃん……」


 生きているのは分かる。


 だが石井の呪詛に蝕まれ、意識を完全に飛ばされてしまっている。



 そこでやっと乙矢はアヤへ目を向けた。


「真弓ちゃんの、こんな姿を見せられて、私に後悔がないはずがない」

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