第41話「キャスティング完了――乱入」

 スタジアムの上空を光が飛び交う。超高熱のプラズマ、またレーザービームなど、アヤの操る《導》は実に多彩な攻撃手段を持っていた。


 波長の長い光は赤く、短い光は青くなり、それ以上となれば不可視となる。



 だが、その全て――不可視光線すら乙矢おとやの前で四散していく。



「こいつ……」


 アヤが苛立った顔をさせられるのは、四散していく自分の《導》がハラハラと綿埃わたぼこりのように変わって散っていく光景だった。


 結界や障壁ではない。結界や障壁ならば、四散させるにしても、乙矢へ衝撃や熱を伝えるはずだ。だが乙矢は平然としており、文字通りの無傷。


 ――他の事ができるのかしら? おにぎりを塩むすびからオカカに変えるとか?


 耳に乙矢の言葉が蘇る。



 つまり乙矢は防御しているのではなく、アヤの《導》を綿埃に変えているのだ。


「そんな馬鹿な話が通るか!」


 怒鳴るが、怒鳴れば怒鳴る程、負け犬の遠吠えにしかならない。確かに物質に変化させる《導》も存在するが、《導》で発生させたものを変化させるならば――この場合、アヤのレイやハロウィンに勝る密度を必要とする。


 それだけの密度を持たせた《導》は、それこそ六家りっけ二十三派にじゅうさんぱでも当主に匹敵するものになる。


 ――あるはずがない!


 吐き出したくなるのを堪えた言葉は、感情だけに起因していない。念動、障壁、感知は基本的な《方》であるから、当然、アヤとて身に着けている。厳密なものではなく、矢矯や基のように電装剣でんそうけんが作れる程のものではないが、それでもわかる。



 乙矢が身に纏っているものは《導》ではなく、《方》ですらない。



 全身に《導》を巡らせて飛翔しているアヤに対し、乙矢は《方》でも《導》でもなく、ただ浮いているとしか表現ができない状態だ。


 ならば今、アヤが放つ渾身の《導》を防いでいるのも、《方》ではない。


 それが何より頭に来る。


「そっちは頭に来てるんでしょうけど、こっちはこっちで腹が立ってるの」


 事もなげに《導》を綿埃に変えながら、乙矢はフンと鼻を鳴らした。


 頭に来ると腹が立つは似たような言葉であるが、乙矢は明確に使い分けていた。


 乙矢は怒りにより冷静さを欠いた状態を頭に来ると表現し、冷静さを留めつつ滾るものがある状態を腹が立つと表現している。





「成る程、確かに」


 轟音の中であったが、弓削の耳には乙矢の言葉が届いていた。


「え?」


 基が見上げてくるが、弓削は「何でもない」と短い言葉で切り捨てた。


「今は、久保居くぼいさんを助けよう」


 呪詛で動けなくなっている真弓まゆみを指す弓削は、それこそが優先だと告げる。乙矢が攻勢に回らない理由は、真弓の安全を確保できていないからだ。


「あ、はい!」


 戦闘は無理だが、それだけならばできると基も走る。


「久保居さん!」


 助け起こそうと屈む基だったが、流石に小学生と高校生の体格差は軽々と持ち上げるという風にはならない。


「脇に回れ」


 左右から持ち上るように指示した弓削であったが、真弓の手を取り、肩を貸そうとした所で慌てて身を翻した。


 真弓の身体ごと基を突き飛ばす事になったが、その空間を剣閃が通り抜けていった。



 美星メイシンだ。



 仁和になに勝利した美星は、小川陣営では唯一の無傷。


「もう戦争さながらだな」


 自分も剣の柄に手をやりつつ、弓削は舌打ちした。顔を向ければ、治癒の《方》を持っているともも駆けつけてきていた。勝利と命とを引き換えにしたバッシュ、電装剣によって敗北したため回復が間に合っていない明津はいないが、アヤの乱入を契機とし、加勢に駆けつけたのだった。


「リメンバランス」


 美星が《導》を灯した。


「!」


 もしラディアンなどの遠隔攻撃が来たならば、動けない真弓と、運ぶのに悪戦苦闘させられる基は犠牲になったが、それを弓削が力尽くで阻止に出る。


 ――斬る!


 念動と障壁という違いこそあれど、弓削も矢矯と互角の身体操作が可能であり、その最大戦速も同じ。


「オールイン――」


 切っ先に《導》の集中を変えようとした美星だが、無論の事、間に合うはずがない。


 弓削の剣とて、ハイスピード鋼であるクロームカーバイドでできている。


「シィッ」


 弓削の食い縛った歯の間から短い息が漏れ、石井特製の呪詛が込められた日本刀ごと美星の二の腕が宙を舞った。


 振り抜いた剣で弧を描くように振り上げ、無力化した美星の頭上からとどめの一撃を加えようとするが、その一瞬を躊躇し、横っ飛びに逃れた。


「ラディアン――光の記憶」


 斬り飛ばしたはずの美星の手が、弓削に向かって伸ばされていた。


 ――治癒の《方》かッ!


 弓削の感知が、那の《方》を感じ取っていたからこそ、ラディアンの直撃を回避する事ができた。


「悪いが、一人で頼む!」


 応戦に回ると怒鳴るようにいう弓削。


「はい!」


 基は真弓を背負い、走った。美星のリメンバランスにどれだけの射程があるか分からないが、神名かながいるところまで逃げられればと、遮二無二しゃにむに、足を動かす。


「逃がさない!」


 那が跳躍する。


「うちの家訓は、売られたケンカは買え! 必ず勝て!」


 那が灼熱化した声を吐き出した。神名の所へ逃げるのならば好都合だ。


「恩は倍返し、恨みは十倍返し!」


 卑怯な手段で勝利をかすめ取っていった神名は、そもそも那が最優先で狙っている。


 ――いいや! 跳ねたのはミスだな!


 弓削が見ていた。那はアヤのように飛翔する《導》を持っていない。飽くまでも治癒の《方》であり、《導》ではないのだから。


 空中では姿勢を変えられないのだ。


「逃がさない!」


 しかし那を狙う事くらい見破っているとばかりに、美星が刀を拾い上げて弓削へと迫った。石井がかけた呪詛は未だ健在だ。


 不意を突いたつもりだった。咄嗟の事でリメンバランスは使っていなかったが、刀身に宿る呪詛が身体の中へ入ればいいとばかりに振りかぶる。


 だが弓削に限って、不意を突かれるという事はない。


「振りかぶるからだ!」


 那に目を向けていようとも、周囲の全てを感知し、把握している弓削は、美星の懐へ滑り込んだ。刃しか振るう術を知らない美星には、鍔迫り合いの技術がない。


 弓削の持つ剣の柄が肝臓を強打する。


「おおッ!」


 くの字に折れ曲がった美星の身体を、弓削はそのまま力任せに投げ飛ばす。


 狙いは、跳躍した那だ。


「何だ!?」


 衝突した那が顔を顰めながら失速する。


「ちちんぷいぷい」


 そこへ乙矢が魔法を投げかけた。


「ビビデ・バビデ・ブゥ」


 那と美星の身体に、押し返される力がかけられた。


「ありがとう、鳥打くん」


 舞い降りた乙矢は、アヤ、那、美星たちから、神名や真弓を庇う立ち位置に陣取った。槍を持った両手を左右に大きく広げるのは、蟷螂とうろうの斧やわらの楯ではない。

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