第42話「やるか――乱入」

 上空からアヤが舞い降りてくる。


 重力の影響を受けずに直進させる事ができる手段を持つのだから、アヤにとって視界を広く取れる頭上を取る事は有利な条件であったのだが、それを捨てて地上へ降りたのには理由があった。



 弓削に投げ飛ばされ、ともと衝突した美星メイシン矢矯やはぎが庇っていたからだ。



 ――何を考えてるのか分からないけど、悪手だったな!


 矢矯の事情など知った事ではないが、アヤの位置取りは決まった。


 動かしがたい身体を無理矢理、動かしたのだから、当然、着地には失敗し、ズタボロに鳴りながら床に転がるしかなかった矢矯は、美星と共にアヤの背後――乙矢おとやの眼前に倒れている。


「撃てるものなら撃ってみろ!」


 着地と同時に《導》を集束させるアヤ。このままアヤに向かって攻撃すれば、場合によっては矢矯を巻き込む。


 ――《導》を無力化する原理は不明だけど、複数の属性を操れば対処する方法も複数が必要になる!


 それに加え、アヤは今までの火だけに頼る事を止めた。


「火力は打撃力、攻撃力! 火だけと思うなよ!」


 大きく広げた四肢には、それぞれ違う輝きが宿っていた。


「火の五芒ごぼう!」


 右手に点る赤い光。


「氷の五芒ごぼう!」


 左手に点る青い光。


「雷の五芒ごぼう!」


 右足に点る金の光。


「地の五芒ごぼう!」


 左足に点る黒い光。


「風の五芒ごぼう!」


 眼前に点る白い光。


「5種の五芒星ごぼうせい将星しょうせいを加え、天に六芒星ろくぼうせいせ!」


 それはルゥウシェの放った複数の《導》を連携させて合成するものだ。


「……」


 それに対し、乙矢は皆を庇うように両手を広げたまま。


知仁武勇ちじんぶゆう――」


 若干、言葉が変わるのは、この一撃は乙矢の切り札であると感じさせられる。


 言葉と共に乙矢の眼前にはねを思わせる、赤く透き通った板状の光が三枚、Y字を描くように浮遊した。


「――御代ごよ御宝おたから


 乙矢の号令と共に、三枚の翅は広がり、真円を描き――、


「撃てるものなら撃ってみろ……」


 5種の《導》に一手を加えて6種を合成しているのだから余裕はないが、アヤは声を絞り出した。撃ち合おうとしているのは間違いなく、それもアヤの《導》に対抗するものとなれば、効果範囲に何があるかなど気にしてはいられない。


「撃つなよ!」


 孝介こうすけが怒鳴った。


「ベクターさんがいるんだぞ! 巻き込む!」


 後先考えている場合ではないと、皆はいうだろうが、それでも孝介だけは反対するしかない。落下時に受け身を取り損なった矢矯は、もう動けない。


「……」


 乙矢は背後に目を遣った。


 孝介の気持ちは分かるが、しかしこの状態で棒立ちという選択肢は有り得ない。


久保居くぼいさんも、鳥打とりうち君も、君も、庇わなきゃいけない年少者は、全員、乙矢さんの背後にいる」


 弓削ゆげが顎をしゃくって矢矯を指すのは、矢矯は庇われる側ではなく、庇う側にいる年長者だと告げていた。


 そこにいるのが孝介ならば躊躇ちゅうちょするが、矢矯ならば躊躇する理由にならない。


「ッ!」


 そういわれれば孝介も黙るしかない。乙矢が撃つにせよ、撃たないにせよ、アヤは確実に撃ってくる。


「どっちにしても未来は同じだろ。もう薄汚れた洞穴で吠える事もできなくなる!」


 白銀の光に目を細めるアヤは、挑発の言葉でも必死の思いがあった。BLACK goes the HADESでも一種の《導》のみ。それと同じ規模の《導》を複数、束ねるのだから必死だ。


「6種掛け合わせ……」


 その光を見遣る石井は、手に余るはずだと直感していた。石井は8種を掛け合わせて日本刀を作り上げたが、その8種を掛け合わせる事は戦闘に使用できるとは言い難かった。


 ルゥウシェが放った5種の掛け合わせが限界――それが石井の見立てだった。


「ッ」


 事実、最後の《導》を加えるため、銀色の光を圧縮するように眼前で構えようとしているアヤの顔は歪められていた。


 そこへ向けられるのは――、


「リメンバランス!」


 突き立てた日本刀に身体を預けて立ち上がった美星が、《導》を発現させた。


「おい!」


 孝介が怒鳴ったのは、その切っ先が矢矯を貫いていたからだ。


「急所は外れてる!」


 熱くなるなと弓削が咎めた。美星の刀は矢矯の肩を貫いている。急所ではない。


 ――でも、あんな事される謂われがあるのか!?


 矢矯がそこに倒れている理由は、美星を庇ったからだ。敵対しつつも、美星に対する恋慕を忘れていない男だぞと思えば、怒るなといわれても怒りは燻る。


 しかし美星にとっては大きなお世話であり、矢矯の存在など、苛立たしい以外の感想しかなく、もっといえば「どうでもいい存在」だ。


 その美星が放った《導》は、攻撃ではなかった。


「ゴッデス――女神の記憶」


 それは自分の《方》や《導》を、他者へと移す《導》だった。


「!」


 勢いを増した光に。アヤが顔だけ振り向けた。


 美星のリメンバランスに乗っているのは、美星だけではなかった。


 那がいた。


 伏したままだが、ルゥウシェも手を伸ばしていた。


 石井も同様だ。



 六家りっけ二十三派にじゅうさんぱ百識ひゃくしきから《導》が集まった。



 アヤの掌中しょうちゅうへ《導》が集束される。


 そして仲間から受け取った《導》は、ハロウィンを脇添わきぞえに呼び寄せる。


「将星――レーベンミーティア!」


 それは今、この場で放てる最大のものだ。

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