第11話「聖騎士VS刃の騎士」

 和製シンフォニックメタルをバックに入場して来る美星メイシンを、アップテンポのロックで入場してきたみやびが待ち構える構図は、奇妙な印象を観客へと向けていた。


 入場してくる美星が身に着けているのは、いつもの通り、白とシルバーのサーコート、手甲てっこう脚甲きゃっこう、サークレットという出で立ちであるから、騎士の衣装を思わせる。


 待ち構えている雅も、白地に赤いラインを施した甲冑かっちゅう姿であるから、こちらもイメージしているのは騎士だ。


 騎士をイメージしている者同士が対峙する――こんな舞台であるから大仰おおぎょうな衣装を身に着ける者は珍しくないのだが、それが被る事は珍しい。


 とはいっても、その珍しさは滑稽こっけいな方向を向いているのだが。


 ――ご大層な曲と、カルい曲。


 そんな中、観客席に小川と共に座っているあずさは、二人の格好よりも入場に使われている曲に眉を潜めていた。


 ――いや、青の方?


 ステージに上る美星へ向けられる梓の目は、スッと細められていた。


 ――過度に誇張された西洋ファンタジー……明治維新以降の西洋コンプレックス? 誇張されたファンタジーに自己投影し、しかし厨二病という単語で自己弁護?


 そんな印象を一曲のみで懐いてしまう事には、梓自身も疑問を感じてしまうのだが、そうとしか思えない気持ちは、何故かスッと入ってきてしまう。


「青の方が、六家りっけ二十三派にじゅうさんぱと繋がっている百識ひゃくしきです」


 梓の視線を追った小川は、軽く顎をしゃくって美星を指した。


かい様と同じく、屋敷を出られた方ですか?」


 聞き返した梓に対し、小川は「いいえ」と首を横に振る。


「屋敷を出た百識から、《導》を習ったんですよ。雲家うんけ衛藤派えとうはです」


「雲家?」


 鸚鵡おうむがえしにした梓であるが、雲家衛藤派くらいは知っている。


「はい。雲家衛藤派の衛藤えとう椎子しいこ……舞台では、ルゥウシェと名乗っていますが、その百識から《導》を教わったんです」


 小川は本人が名乗っているルーシェではなくルゥウシェと発音した事は、梓では察せられない。事実、Ruushieと書くのでは、ルーシェではなくルゥウシェと読むしかないのだから、それだけを理由に侮蔑ぶべつとは取れないのが現実だ。


「だから六家二十三派なのですね。分かりました」


 だが逆に、梓が雲家に反応した意味を、小川は察せられなかった。


 ――反発を覚えると思ったら、雲家でしたか。


 自分の感性から生まれた反発だったと自覚した梓は、思わず笑ってしまった。


「どうかなさいましたか?」


 場にそぐわない笑みだと小川が気にするも、梓は「いいえ」と前置きし、笑みを打ち消した。


「不意に変な感覚に陥る事があるのです。この青……美星さんの選曲に反感を覚えてしまったのです。こんな事、分からない事が多いのに、理由が分かったので笑ってしまいました」


「そうですか」


 小川は気に止めなかった。


 舞台から音楽が消え、落とされていた照明がステージ上だけに集中した。


「開始ですね」


 座り直した小川の顔は、もう梓には向かない。


 眼下のステージに立つ二人は同じく騎士の衣装であるが、対峙すればコンセプトの違いが見えた。雅はどこかアニメに出て来そうなデザインだが、美星はゲームの登場人物のようだからだ。


 ――目立たなければ意味がありませんか?


 強いだけでのし上がれる場所ではないと感じ取ったのは、梓が怖れている六家二十三派の感性が現れている事の証明だ。


 梓が見抜いた舞台に必要な要素は、ビジュアル的なアドバンテージ。


 強さは絶対的に必要だが、観客をより多く集め、満足させるには強さに加え、派手さ――ビジュアル的に優れている事が必要となる。矢矯が圧倒的な強さを持ちながらも、そのビジュアル的なアドバンテージがなかったからだ。


 ――派手ならば、確かに目を引きますから。


 この時、梓は《導》に限定しなかった。六家二十三派の常識では、《方》は《導》に劣る存在であるが、その常識に盲従しては敗れる事とて有り得る事を悟っていた。


 雅も《方》しか持たない新家しんけであるが、その《方》は「いずれ《導》まで高める」と雅自身が全幅の信頼を置いているし、何より派手さというならば十分だ。


「フン」


 鼻を鳴らす雅は、待ち構える立場でなければ孝介こうすけと相対した時と同じく突進していた。美星の《導》を全て把握している訳ではないが、リメンバランスは発動まで一呼吸、静止する必要がある事は知っている。


 ――接近戦だ。


 特に今、雅の手にある日本刀には、石井がかけた呪詛の《導》が宿っている。美星も同じ日本刀を持っているが、それは一顧だにしない。


 ――接近戦の《導》になんて、持ってないんだろうからな。


 仮面の下で目を細める雅。


 刀を抜く美星も、同じような顔をしていた。


 始めの合図は、またない。既に定められたラインは超えている。


「リメンバランス」


 刀を抜き放つ直前、美星は《導》を発動させた。刀を抜く事で接近戦を意識させれば、一瞬でも静止――隙が生まれる。その一瞬で得意とする距離を置いた戦闘に持ち込められれば、勝機は十分、あると考えた。


「うおーりゃあァッ!」


 だが雅は静止しなかった。裂帛の気合いと共に、鎧の背に光の《方》を灯す。


「スーパーアタック・インビジョン!」


 総重量40キロという装甲の傾斜を流線型へと変化させ、雅は光の《方》を潰した圧力で飛び出していく。


「ラディアン――光の記憶!」


 雅の突進に対し、美星は怯まずに《導》を発動させたのだが、足下から立ち上るラディアンを立ちはだかる壁にする事はできなかった。


 雅のスピードが、美星の予測を超えたのだ。


 刀を水平に構えて飛来する雅は、その切っ先に確かな手応えを感じた。


「なッ!」


 美星の口から短い呻き声が漏れる。


 だが呻き声で済んだのだから、貫かれた訳ではない。


 ――掠めただけ!


 ダメージらしいダメージではないという美星であったが……、


「!?」


 次の瞬間、目が眩んだ。



 身体の中へ流れ込んだ呪詛だ。



 ――あの刀、こっちと同じ……?


 雅が持つ刀の存在に気付いたのだが、それ以上はダメだった。


 視界が真っ赤――赤は美星の嫌いな色でもある――に染まり、手足を虫が這いずるような感覚が襲いかかってくる。


 視線を落とせば、大嫌いな害虫たちが群れを成して美星の身体を這い上がってくる幻覚まで見える。


「嫌ッ!」


 その悲鳴は雅の耳にも入った。


 ――何て下品で、ありきたりな悲鳴だ!


 嘲笑を浮かべる雅は、一瞬、戦いから思考が離れた。


 ――私が書く小説なら、そんな悲鳴はあげさせないぞ。


 陳腐だと断じる雅の脳裏に浮かぶのは、今も書き続けている物語のシーンだった。


 ――最近、一次選考くらいなら楽に突破できるようになっているんだ。


 ここでくじけてたまるものかと思う意識が、もう一度、雅の意志を戦闘に引き戻した。


 その時、確実に一瞬は雅の意識は戦いから離れていた。


 つまり美星が欲した一瞬だったのだが、呪詛がそれを阻止してしまった。


「うおーりゃあァッ!」


 もう一度、雄叫びをあげ、雅は刀を振りかぶった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る