第12話「混沌とした未来が約束されました」
詳細なデータを知らされていなくとも、舞台を見慣れた観客は
「あの刀、ただの刀ではないのだな」
掠めただけで美星が異変を来したのだから、観客がそこに辿り着くのは
「見物だ」
身を乗り出す観客も出始める。
しかし、これはどう決着するか、ではない。。
美星自身は勝利したとはいえ、
観客が期待しているのは、この六家二十三派に繋がる女がどのような死に様を見せるか、だ。
真っ赤に染まった視界の中で、美星は黒く
そこへ雅が近寄ってくる。刀を振り上げるが、それで一刀両断というつもりはない。首を狩るポーズを取る、雅なりの演出だった。
「チェエッ!」
気合いと共に振り下ろすが、それも美星が身動いで外れてしまう事を織り込み済みだ。
掠める程度。
しかし掠めても呪詛の強さが増し、美星に幻覚だけでなく虫が這いずる感覚までも現れ始めた。
「ひ……」
甲高い悲鳴は短い。言葉すら失ってしまったからだ。
「呪詛が深まっていきますね。雅さんが上手いです」
小川は目こそステージへ向けたままだが、梓に向かって自分の駒を誉めた。
しかし
――
雅の刀から流し込まれた呪詛により、有り得ない感覚、幻覚を見せられているとしても、それを無効化する手を持っているのに、と訝しんでいた。
だが、それができるのならば、美星はもっと舞台の序列を上位にしていたし、
攻撃や攻撃の補助以外にリメンバランスを使うという考えがないのだ、
リメンバランスを自分自身に使えば、呪詛そのものを無効化する《導》にもできるはずなのに。
――如何様にも形を変える雲のような自由な《導》……それが雲家ではなかったのですか?
梓はそう思うが、梓が簡単にいうから簡単にできる訳でもない。そんな使い方を考えた事がないのだから、練習した事がない美星には不可能な話だ。
呪詛が積もり積もっていく。
観客が望む展開は、火の着くような熱い戦いではないのだから、この嬲るような展開は寧ろ望むところなのだろう。
大きな歓声こそないが、雅が周囲から感じる嘲笑のような
しかし雅には満足感などなかった。
――人が苦しむ様を見て笑う、高尚で崇高な趣味だ。
観客が満足しているのは、雅の戦いではなく、美星の苦しみだ。
決して雅の名誉にならない事が、強い不満となる。
「うおーりゃあァッ!」
その雄叫びは、次は強く行くという決意を表していた。
しかし強くといっても、こんなとどめを刺す事が容易い美星に対しても、ひと思いに喉を貫いて遣るという意識は働かなかった。
自分の腕や《方》に向けられていないと思っていても、観客の満足度を高められた自分に酔っていたからだ。
振りかぶり、尚も刀を保持している美星の右腕へと狙いを付ける。
「!」
そこで甲高い音が響き、雅に息を呑ませた。
美星が刀を振り、雅の攻撃を弾いたのだ。
「アホウが!」
刃同士を何も考えずにぶつけるなど、日本刀の扱いとしては最低だ。鋭さは刃の薄さに比例し、ものを断つには重さが必要となる刃物で、日本刀の刃は実によくできている反面、不用意に衝撃を与える事は破損に繋がる。
石井が《導》によって生成した単一結晶で作られた刃であったから無事だったが、雅は肝を冷やした。この刀は、春日の《導》によって新しい力を与えるのに欠かせない。ここで自分のミスによって刀身を傷つけるのは最悪だ。
――苦し紛れか!
睨み付ける雅だったが、その雅を歯軋りしながら見返してくる美星には、苦し紛れという言葉は似合わない。
「~ッ!」
必死の形相だった。取り乱したが、美星のルゥウシェに対する友情、その劇団に対する責任感が、呪詛によってもたらされる諸処の効果を上回ったのだ。
「リメンバランス」
それでも勝負を決めるには、一瞬に賭けなければならなかった。
雅は今、再び隙を見せた。
苦し紛れだと断じた一瞬は、静止していたのだ。
「オールイン――決戦の記憶!」
切っ先に《導》を集中させ、雅がどれ程の防御を供え、どれ程の回避を試みようとも貫く決意を宿す。
――ルー、バッシュ、私に力を……貸して!
果たして、死した者が生きている者に力を貸す事があるだろうか?
恐らくはない。
ルゥウシェもバッシュに祈った。
だが結果は、
「うおおおおおッ!」
雅が背に灯す光が一層、強くなり、それが弾ける
雅はロケットのように上昇して逃れ、眼下の美星を正確に捉えられる位置に来た所で肩、腰、両腕の装甲を展開させた。
そこに自身の最も強い《方》を貯め、緑に輝く光とする。
「おおおおーおおぉぉぉ、ボルテックスゥッ!」
絶叫と共に弾き出した光が、死に体になった美星を飲み込んだ。
コスチュームが備えていた防御力を貫き、美星の身体を捉えれば、体内にあった呪詛が外へ出ようと暴流になる。
悲鳴が上がったかどうか分からない。
歓声が掻き消したからだ。
「うちの駒が勝ちました」
そこで小川は漸く梓へ顔を向けた。
「これだけの駒が自分にはあります。満足のいく未来を用意できると思いますが」
自慢9割という所か。
「……」
梓は即答を避けた。思う事は一つ。
――
ここで《導》を磨けば、また六家二十三派の当主を狙えると思う者は、例え多いとは言えなくとも、いるはずだ。
屋敷を出る時の会だ。
――今日の事は、忘れさせない。私は、絶対に戻ってくるから。
だが梓は、会をここへは来させたくない。
「すぐに返事が欲しいとはいいません。いつでも良いので、よければ
小川は、それが決まっているかのように振る舞うが。
――来るだろう、絶対。月 会は。
小川の中では決まっている未来だ。
しかし小川は見落としていた。
美星を殺した事は、確実に一人の百識を敵に回す事になる。
その未来を、小川は今、決定づけた。
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