第13話「永遠にならない想い故」
梓は無言でいるのは、何も一人でいるからという事でも、また夕食の支度をしているからという理由だけでもない。
夕食に使う食材を切る包丁がまな板を鳴らす音を耳にしながら、梓が思うのは会の事。
――
飛びつくだろうと思ってしまう。
会は今も胸中に
ならば、こんな舞台があれば飛びつく。
他に自分の人生を過ごす術を知らない――梓のいう教養が足りていないからだ。
舞台に向かう会の姿を想像してしまった事が、梓にとって何より衝撃を受けてしまった。
――よろしくないですね。
梓は会を信じられない理由を会自身へ求める自分にも、少なからずショックを覚えていた。
それでも本当に「よろしくない」のは、従者の立場を忘れる梓だけではない。
――その復讐心は、受け継がれていくのでしょう。
鬼家月派に会が抱く気持ちは、このままならば会の子供や孫が引き継ぐ事になるかも知れない。百識としてしか生きる術を知らないならば、子供も百識としてしか育てられないのだから。
――将来がありませんよ。
この時点でドロップアウトした会でも、いずれ会の血を引く百識が鬼家月派を制するのかも知れないとは思っているが、そこが梓の懸念している未来ではない。
復讐心は目的を歪めていく上、今、会が懐いている気持ちを梓は理解している。
――鬼家月派を打倒し、消滅させた後、どうなるというのか……。
想いは永遠に繋がっていくという者もいるが、この想いは途切れる事が決まっている。フィクションにならば、邪悪の化身、魔王を倒すために集められた集団が存在し、その想いは永遠だという事もあるが、それとて初代、二代目は兎も角、三代目、四代目と進めていけば手段の目的化が起こるのが現実だ。
――魔王を倒した後、その組織の人員は寂しい人生しか歩めませんよ。
それがどうしても梓の中で引っかかる。魔王を倒す事を目的化してしまった集団の想いとは、魔王に依存している。魔王を倒す心、想いが存続し、不滅であるというならば、魔王の滅びと共に、その想いは途絶えてしまう。
――舞台に上がる事は、どうしても幸福には繋がりません。
不幸に変わりはない。その第一歩となるのは、会が舞台を踏む事だ。
そんな梓の耳に玄関が開くドンという音が聞こえてきた。
「ただいま」
キッチンに顔を見せた会は大荷物だった。
「買い込みましてね」
ダイニングテーブルに置かれた荷物を一瞥した梓の表情は、少し和らいだ。
会が買い込んできたものは、全て画材だった。
「意外とお金かかるものね」
ダイニングチェアに腰掛けた会は、ビニール袋の中かにレシートを出し、軽く溜息を吐いた。
「色えんぴつって、100均でいいと思ってたら、使いにくいのなんの……」
だから弓削と同じ一本200円の色えんぴつを買ってきていた。
「100均の色えんぴつは芯が硬いですから、初心者が上手に色を塗るには向かないでしょうね」
梓は笑いながら振り向き、
「別に、お小遣いの範囲でやっていただければ、何も私からいう事はありませんよ」
だがそういっても、会が買ってきたものが色えんぴつだけでない事に目を丸くさせられた。
「一体、何を買ってきたのですか?」
ビニール袋から見えているのは、色えんぴつだけではなかった。
「んー、紙ももっとしっかりしたものが必要なんだって。消しゴムかけてる途中で破れるのとか最低って」
会が思い出すのは弓削であるから、これは特殊な例だ。筆圧の強い弓削が、鉛筆で下絵を描き、その修正に消して描くという行為を繰り返した後、重ね塗りするとなれば、余程、丈夫な紙が必要となるのだが、会はそこまで筆圧が強くない。
「あと練り消しと、ゲルインクのボールペン。水性サインペンも」
それら全て、弓削が必要だといわれて揃えたものだ。
「はぁ……」
目を瞬かせる梓は、家計を預かる身として屋敷を出て以降、月々の小遣いを1万円に設定している。
――色えんぴつだけで8000円近く使って、カラーペンを5種、ケント紙のスケッチブック。
足を出した事は間違いない。
そして、それは会の方から明かされる。
「で、これなんだけど」
自分が見ていたレシートを梓へ向ける会。
「はい?」
受け取った梓は、そこに記されている金額に溜息を吐かされた。
「
だから先回りした。
「あ、助かる!」
ぽんと手を打つ会であるが、梓は笑みが苦笑いに変わっていくことを自覚した。
――前借りが何を意味しているか、理解されてますか?
来月の小遣いを渡す事になるのだから、来月は小遣いがなくなるという事なのだが、会は家計から出ていると思っている。
だが苦笑いも一瞬だ。
――これからの会様は、こうでなければいけません。
鬼家月派への復讐など有り得ない。
「すぐ夕食の支度をしますね」
キッチンへ振り返る梓が夕食の支度の次にする事は、小川への連絡だ。
――会様は協力できません。しかし私ならば、協力させていただきます。
小川の性質を見抜ける梓だからこそ出せた結論だ。接触してきた以上、会か梓が協力しなければ、絶対に不愉快な状況にされてしまう。
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