第10章「炎の海で焼かれよ、彼奴が魂」

第1話「金曜日・深夜」

 力が十分に入らない四肢ししに、石井は苛立いらだった顔を見せていた。


 真弓まゆみ乗雲じょううん龍神翔りゅうじんしょうによって両腕を失うという深手を負ったのだから、それも当然だ。《方》による治療が行われたが、それも一瞬で元通りになるような、時間を遡行するようなものではない。


 ――チクショウ!


 自慢の呪詛じゅそまとわせた日本刀を握る感覚も怪しい。


 両腕は繋がり、動かせられるようになったに過ぎない。元通りになるにはリハビリが必要であるし、それには長い時間が必要だ。


 そして戦う術ならば《導》がある――というのは、ルゥウシェや美星メイシンの場合だ。



 距離を置いて攻撃する強力なすべを持たない石井は、その日本刀で接近戦を挑むしかない。



 眼前に立っているのは、長身という程、長身ではない170センチ程の男。


 上半身はシャツとベスト、下半身は作業ズボンを思わせる太ももの部分が膨れあがった七分丈のパンツに、膝まである革のブーツという出で立ちは、自身の出自が新家である事を自虐を含めているのかも知れない。


 しかし手の甲から肘までを覆うアームカバーだけは貴金属で装飾されており、その一点の輝きに彼のプライドが秘められている。


 その手が持っているのは、二本の短剣。インゴットから削り出されたような無骨で乱暴な片刃のナイフと、アームカバーと同じく装飾が施された諸刃のナイフだ。



 男の名はレバイン。



 石井が持つ七振りの日本刀を奪い、舞台に上がる六家二十三派を


 その姿は男女の差があるとはいえ、石井に思い出させる姿がある。


 ――あの女……!


 石井を破った女――引き分け扱いになっているが、石井にとって新家に後れを取る事は敗北である――真弓だ。真弓もキュロットにヘソ出しのシャツとベスト、足下はモカシンという出で立ちだった。


 右に短剣、左に三日月刀という武器だった事、足がモカシンだった事、色が若草色という違いは、この際、石井には小さな問題に過ぎない。


 ――思い出させるな!


 石井が感じている屈辱は、あらゆるものを盲目にさせていた。


 石井が手にしている刀は、呪詛の《導》を差し引いても、単一結晶の玉鋼で作られているという特別製であり、レバインが持っているのは、そういう意味でも特別製とはいえない、と、そこまではいいが、石井の出す結論はズレている。


 ――だから劣ってる!


 劣っている訳ではない。刃物である以上、突けば刺さる、触れれば切れる。


 ――刺さるはずがない!


 ルゥウシェも矢矯に対し、そう思った。


 ――切れるはずがない!


 ルゥウシェも孝介に、そう思った。


 ――脳筋のうきんが!


 筋力にモノをいわせて刃を振るうしか能がない者と断じたのも、ルゥウシェと同じだった。


 だが現実には、矢矯や孝介の剣も、刃物には違いなかった。


 脳みそまで筋肉にして斬りかかる事だけが、矢矯たちの攻撃手段でもなかった。攻撃を確実に当てるため、感知、念動を駆使し、敵との距離、自分の切っ先が何秒後に命中するのかまでも計算し、敵を静止させる術を心得て、やっとスタート地点に断てるのが、矢矯の剣術だった。


 それに比べれば、強力な火力、広範囲という点しか追求せず、出せば敵を吹き飛ばす無敵の能力と考えている六家二十三派の方が、余程、何も考えていない。


 それを指摘されても石井は認めないだろうし、また生き残った事が理由だというのだろうが、石井が生き残ったのは真弓が無力化を最上としている事だけが原因であり、人を攻撃する事に躊躇いのない弓削と戦っていたならば落命していた。


 ――落ち目なんだよ!


 とはいえ、レバインは石井の弱点、欠点を知って動いている訳ではなかった。



 まともに動かない身体で舞台に上がった事のみを致命的な弱点と見ている。



 レバインが使えるのは《方》のみ、身体強化だけであるが、その能力だからこそ身体がまともに動かない石井とならば勝利できると自信を持っていた。


「さぁ!」


 両手に持ったナイフをだらりと下げたまま、レバインが黄ばんだ歯を見せて笑みを浮かべた。


 ――来る!


 その笑みに攻勢へ転じる気配を感じられるのは、この舞台の経験は少なくとも雲家うん衛藤派えとうはの当主を争っていた経験からだ。


 迎え撃とうと感触の怪しい刀を構える石井に対し、レバインが取った行動は――、


「お前にできるのは、とんずらする事だけか!」


 石井が怒鳴ったように、レバインは石井に背を向けて走った。孝介や仁和とは比べものにならない身体強化であるから、その速さはオリンピックのメダリスト並みだ。


 石井は当然のように追撃した。間合いだけは意地していなければならない。


「フッ」


 背後に食らいついてきたのを確認したレバインが動きを変えた。


「!?」


 今度は石井が息を呑まされた。



 レバインが急停止したからだ。



 急加速から急停止、そしてもう一度、加速する。


 ――いいや、見える!


 直角に曲がるというフェイントじみた動きを見せたレバインに対し、石井も対応した。


「フフッ」


 もう一度、レバインが動く。


 ――今度は後ろ!


 それにも石井は反応し、三度目にも対応した。


 ――来る!


 三度目の転身で、レバインは石井へ向かってきたのだ。


 刀を構える石井。


「!?」


 だが構えるだけで精一杯だった。



 レバインの姿は、まるで3人いるかのように分身していたからだ。



 ――残像!


 ギッと歯軋りする石井の予想が正解であるかどうかは分からない。


 石井へ攻撃を仕掛けたのは、4人目のレバイン。


 3つの分身を飛び越え、石井の背後へ飛ぶ。


朱雀すざく演舞刃えんぶじん


 その名の通り、踊るようにナイフを振るう。


 右、左、右、左と二往復させた後――、


「はぁッ!」


 気合いの言葉と共に、鳥が翼を広げるかのように両手に持ったナイフを左右に振るう。


「――!」


 大きな歓声。


 その刃は石井の首と、腰を通過していったのだ。





 そんな光景を見下ろしながら、あずさは眉を潜めさせられていた。


 ――こんな相手と……。


 石井が何故、舞台に出て来たのかは小川から知らされていた。


 ――美星が死に、ルゥウシェを支えられるのが自分だけだと追い込んだ。


 小川は事もなげにいった。


 ――それでも……。


 こんな舞台に上がっているのだから、石井に同情すべき点はないと考えている梓であるが、ルゥウシェのために舞台へ上がったという話には、どうしても自分を重ねてしまう。


 ――かい様のために。


 舞台の惨状から目を逸らした梓は、明日は待ちに待った週末だと張り切っている会の事だった。


 ――イラスト教室は楽しいですか?


 心中の言葉に答えてくれる会は、この場にいない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る