第10話「人を呪わば穴二つ」
――必要なお金はあるけれど、度を超してお金を持った時、その使い方を知らないと
その
勝者に支払われる金は、観客の賭け金からすれば極々、一部としかいえないのだから、相当な金額が動いている。個人個人を見ても、競馬やパチンコどころでなく株式投資のような金額が消費されていく。そしてパチンコならば4円パチンコだろうと1円パチンコだろうと等価交換してくれるし、競輪や競馬の還元率は75%あるのだが、舞台の還元率は宝くじ以下だ。
それが観客から許されているのは、観客が高収益層の中でも俄成金が多いからだ。
有り余る金の使い道を知らないからこそ、こういう事に手を出してしまう。
こんな舞台が、いつから登場したのかは定かではないし、誰がいつ思いついたのかとなればいよいよ分からないのだが、それらを吸い上げるシステムである事は間違いない。
そういう面で見ても、舞台に上がった百識が手にできる金額は大した事がないのだが、個人が手にする金額としては大金だといえる。
「必要でしょう?」
小川は眼前に座っている梓へ笑みを浮かべた。
「はぁ……」
小川の笑みに対し、いいようのない不快感を覚える梓は
不快感の正体は、小川が根底に隠しているものに対するもの。
――
こういう百識とパイプを持つ事は、小川のような世話人の間では取り合いになる程のニュースだ。
左目が欠損している会は、
――腐っても鯛だ。
小川は自陣営に
――生活を維持するお金が不足するという事ですか?
小川が考えている事を読むくらい、梓には容易い事だった。世話人が六家二十三派の百識を支配できるのは、この辺りの事情もある。
――こんな話を持ってこられたのが、会様でなくてよかった。
梓は小川に悟られないように溜息を吐いた。
百識が支配される理由は、経済的な事情ばかりではない。
――生まれた時から当主争いを宿命づけられていた百識にとって、闘争は日常そのものですから。
馴染んでしまう者が多い。ルゥウシェが舞台に立ったのは、ただ大金が手には入るのではなく「容易に」という言葉が付けられると頭で判断したからだ。
趣味らしい趣味がない会ならば、ともすれば馴染みやすい世界であったかも知れない。
いや、馴染む言葉を小川は知っている。
「当主争いを諦めていない人もいますよ。戦いの中にこそ、《導》を高める事があるでしょう?」
会が屋敷を出る時に誓ったのは、「このままでは終わらない」だった。
「
梓の顔色は、少々、悪くなっていたはずだ。
だが――、
「ごけ……?」
小川は首を傾げた。聞き慣れない単語だったからだが、百識の頂点は六家二十三派とされる場合と、五家二十二派だとされる場合とがある。どちらが主流かといえば、六家二十三派の方だ。
「あ、すみません。六家二十三派の百識がいるのですか?」
「ああ、はい。います。私が世話をしている中にもいますし……、また狙っている中にも」
小川が思い浮かべるだけでなく、口にする。
「
最後に残した事に他意はない。
「
他意はないのだが、最後の名前に梓は反応した。
「そうですか」
短い言葉を、小川は食いついたと判断した。
「どうですか? あァ、いえ、即答でなくても全然、構いません。でも一度、私が世話人をしている人の舞台に来てくれませんか?」
その舞台は、
――勝たなきゃ。
だが今は、感謝よりも、そもそも美星が小川にどのような感情を懐いているかよりも、優先されることがあった。
美星にとって、この舞台は渡りに舟といえる。バッシュが死に、ルゥウシェが回復していない今、舞台に立って劇団を維持できるのは自分しかいないのだが、自分の名前だけでは――皮肉な事に――役者不足だった。
そんな美星に舞台を用意してくれたのだから……と考えるのは、浅はかだ。
美星は今も知らない。
この舞台で美星に望まれている事は、雅に敗北する事。
死ぬ事だ。
シンフォニックメタルの鳴り響く花道を進む美星は知らない。
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