第31話「最終局面」
「でェやぁ!」
珠璃とて格闘戦は下品と見なす百識であるが、手に力を込めたのは武器を構え直したのではなく、《導》を操るタクトを構え直したのだ。
双翼だった翼は枝分かれし、3対6枚に姿を変え、珠璃を更に加速させた。
剣の切っ先に宿る光も輝きを増して行き、
「ダメですか」
梓の言葉が全てを物語っていた。
珠璃が結界を粉砕する。
梓は拳を握りながら、横目で
――レバインも、その攻撃は避難しましたか。
レバインと対峙していた会も刃を交えているという事はない。
それは梓に他を気にしなくてもいい事を告げている。
そしてもう一つ。
――絶対回避といっていながら、弱点がある訳ですね。
レバインの液化にも弱点があるという事だ。
――まぁ、後です。
梓は思考を中断した。レバインよりも、頭上から襲い来る珠璃を対処する方が先だ。
右拳を引き、左拳を突き出して構える。
「はんッ」
鼻で笑うのだから、珠璃から見れば馬鹿な構えとしか映らない。
――殴るくらいでどうにかなると思ってる? バカなの?
自身が持つ《導》を総動員している。《方》を崩壊させて加速し、風の圧力を全て切っ先に集中させた。密度差は陽炎を見せ、切っ先は当然、高温となる。また高密度となった風が摩擦によって静電気も
風属性でありながら炎属性や雷属性さながらというのが、このアカシャ・ノーヴァの強さだ。
――つくづく、脳筋しかいないのね!
だが梓は別の思いを持っている。
「
梓とて格闘が得意な訳がないのだから、拳を構えようとも《導》を使うに決まっている。突き出した左手を弓に、右拳を矢に見立てて構えていたのは、その右拳こそが攻撃の《導》を操るタクトだからだ。
「
「――ッ!」
珠璃からは声すら上がらなかった。
「空気を壁にして叩きつけました。物理ですよ」
相手を切り裂くのではなく、空気そのものを加速、圧縮して壁にしたものだ。
珠璃も
「そして、絶対回避といいながら、熱と電気に弱いのですね」
逃げた理由はそれだろうと、梓がレバインを振り向いた。
「NegativeCorridor」
追撃すると《導》を展開させる梓であったが、ここはレバインが速い。
「お前こそ、それ一つしかないな!?」
結界、移動、攻撃と様々な行動が取れる梓であるが、その実、行動はただ一つしかない事にレバインは気付いた。
――雲家っていってたな!
衛藤派のリメンバランスと椿井派のNegativeCorridorが同種だという仮定は正解だ。
あらゆる奇跡を起こす《導》のフィールドを作りだし、そこに相手を飲み込むのが梓の《導》――NegativeCorridorだ。
つまり梓は感知を常に展開させている訳ではない。
――隙だろうが! バカメ!
今もレバインを梓はNegativeCorridorで捕らえた。
だが二の句を繋げさせない。二つ目の単語で攻撃が始まる。
「サイクロン!」
間合いに入った確証はなかったが、レバインが《導》を放った。
「!」
梓の回避は――若干、遅れた。
――気力に身体が着いてきませんね。全く……。
抉られるような痛みに顔を歪めつつ、梓はレバインの間合いから逃げた。サイクロンの間合いは刃より広い。
「
攻撃に使おうと思っていた《導》を回避に使う。
「会様!」
梓の移動先は主人の傍であったが、それを読んでか読まずか、横っ面にぶつけるような怒鳴り声が聞こえてくる。
「アカシャ・ノーヴァ!」
墜落した珠璃だ。
もう一度、二人が合流した所を狙い、全てを賭けた突撃を敢行する。
「梓!」
「会様!」
その時、二人の呼吸は乱れた。互いが互いを庇おうと前へ出てしまったのだから、衝突が起こり、二人の足が縺れる。
「もらったァッ!」
珠璃の顔に会心の笑み。
だが、その笑みを歪ませる光景が飛び込んできた。
「……え?」
戦場の真ん中に相応しくない声は、珠璃と会たちの丁度、中間地点へ投げ出された
誰かが空島をそこへ突き飛ばしたのだ。
「ッッッ!」
珠璃が迷ったのは一瞬だけだ。
「許して、
詫びの言葉は、加速を緩めないという事だ。
アカシャ・ノーヴァはそのまま、空島ごと会と梓を貫くと決めた。
「え――」
空島は何かを口にしようとしたのかも知れないが、極限まで高められた風が巻き起こす高温と稲妻が何もいわせなかった。
空島を粉砕し、珠璃が飛翔する。
だが一瞬であっても逡巡があったのは確かだ。
「退いて、梓!」
一呼吸分の時間があれば、二人とも反撃の体勢を取れる。
「どうせ脳筋!」
代理戦闘を主とする鬼家月派であるから、炎や氷はないと珠璃が言葉をぶつけてくる。
「馬鹿の一つ覚え!」
それに対する会の反論は、それだけだ。
向かってくる珠璃に対し、槍の石突きを叩きつける。
その一撃に突進を止める威力はないが、弾性衝突させる事で突進を鈍らせつつ、会の身体は珠璃の衝撃を利用して切っ先のスピードを増させた。
身体を一回転させて穂先を突き入れる攻撃が、会の切り札だ。
「
今度こそ珠璃は肩から真一文字に貫かれ、地面を滑走して果てた。
「残り一人!」
会がレバインを見遣る。梓の見立てでは、レバインの弱点は高温と電気であるが、それを攻撃手段とする味方は梓しかいない。
レバインは蛇行し、梓にのみ狙いを付けていた。
――あいつを戦闘不能にすれば、俺の勝ちだ!
残される
だがその時、レバインは失念していた。
一体、誰が空島を突き飛ばしたのか?
その答えが赤い閃光と共に明かされる。
「ぎゃああ!」
レバインの口から迸る悲鳴。
その悲鳴をもたらしたのは、切断された激痛だ。
「何で、斬れる!?」
有り得ないとレバインが怒鳴った。液化したレバインは、物理的な攻撃では決してダメージを与える事はできないはずなのだ。
だから梓を仕留めれば終結だと思っていた。
しかし例外がある。
レバインを切り裂いたのは赤い閃光。
物質としてこの世に存在するならば、全てを切り裂ける電装剣だ。
それを手にする百識は、この場にただ一人だけ。
「ベクターさん……!」
信じられないという顔を孝介が見せた。背をクファンジャルを貫かれ、胸に短剣を突き立てられた
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